第二話 「決意、絶対防衛線突入!」
やまとは無音で浮上を始めた。重力制御エンジンは無音だった。だが式典会場はすぐに無音ではなくなった。生き残った会場のスピーカーから大音量で、『宇宙戦艦ヤマト』のテーマソングが流された。こんないたずらをする人物は一人しかいなかった。その犯人はこのいたずらを仕掛けるとき、真剣に悩んだ。いたずらをするかどうかではなく、流すのはア・カペラで始まるテレビバージョンにするか、高校野球の応援ソングに使われる行進曲バージョンにするかで。
そんなくだらないいたずらに関係なく、黒くて巨大な艦体が蒼空に舞い上がる様は、人々に危険を忘れさせ、感動を与えた。やまとはそのまま高度六百キロの衛星軌道まで上昇した。
「やまと、高度六百キロの衛星軌道に遷移しました。加速を停止します」
操舵手の言葉を聞いて、全員が唖然とした。実は操舵手も内心は同じだった。
「本当にそうなのか? 何も変わらなかったぞ」
川端も驚いた。
「やまとは自由落下によって移動する宇宙船です。艦内の人間も自由落下するので、加速度を感じることはありません」
川端は鷹野の説明に納得しなかった。
「それなら艦内は無重量のはずだ。だが私には重力が感じられるし、君は床に立っている」
「艦内には一Gの重力加速度を作っています。その方が便利でしょう」
「信じられん」
「では証拠をお見せしましょう。AI、CICの壁面を全方位ディスプレイに変更」
鷹野が艦載AIに命令すると、CICの壁と床と天井が透明になったかのように、周囲の風景が映し出された。下に地球が、上に満天の星が見えた。CICにいた乗組員たちは驚いた。
「なんだ、これは?」
全員を代表するように、再び川端が驚きの声をあげた。
「全方位ディスプレイです。有視界戦闘に備えた装備です」
「こんなのは聞いてないぞ」
「おや、そうでしたか。宇宙暦〇〇八七年なら常識です」
「そんな暦は知らないぞ」
「それは残念です。トールの母機があるはずです。それを探してください」
川端は思い出した。普段は低高度の衛星軌道を飛び、いざという時は地上の目標に向かって落下する兵器、それがトールだった。
「あの隕石が自然の物だと思われますか? 隕石を発射した人工衛星があるはずです」
川端は鷹野に同意した。
「その通りだ。中央司令部に打電、隕石の軌道データーを送ってもらえ」
通信士は打電した。少し経ってから返事が返ってきた。
「データーが転送されました」
通信士の報告を聞いた鷹野は命じた。
「AI、天井にデーターを表示。母機に該当する可能性がある飛行物を探せ」
転送された軌道データーと、母機の可能性がある飛行物が、CICの天井に表示された。
「飛行物の登録データーを調べろ」
ようやく川端はリーダーシップを取り戻し、観測士に命じた。
「全てデブリですが、少しおかしいです。質量がどれも五百キログラム以上もあります」
「デブリ登録をした国は?」
鷹野がまた横から口を出した。
「全てアメリカです」
「なるほど」
鷹野は分厚いレンズのメガネの位置を、右手中指で直した。
「アメリカが登録した五百キログラム以上のデブリを、全て破壊しましょう」
「何だと!」
川端は驚いた。
「さっきの隕石はデブリの落下です。事故を二度と繰り返さないよう、防止するだけです」
鷹野の言い分は無茶苦茶だ。そう思った川端は反論した。
「デブリというのは建前だ。本当は無人の宇宙兵器だ。同盟国の兵器を破壊しろというのか?」
だが鷹野は一歩も退かなかった。
「その兵器を同盟国に使ったのはアメリカです。遠慮する必要がありますか? 喧嘩を売ったのは向こうです」
「だが喧嘩を買ってエスカレートさせるわけにはいかん」
「では一方的に殴られるつもりですか。それは紳士ではありません。腰抜けです」
「しかし……」
「アメリカは日本との同盟を維持するより、やまとを墜として宇宙の覇権を維持する方を選んだのです。その代償が高くつく事を教え、考えを改めさせるべきです」
「アメリカと戦争をしたら、日本は負けるぞ!」
「戦争をする必要はありません。勝つ必要もありません。日本と戦争をしても割に合わない。日本との同盟を維持した方が得だ。そのことを教えるだけでよいのです」
「それは机上の議論だ! 戦闘がエスカレートしたら、世論が開戦に傾く。そうなったら……」
二人の議論に観測士が割って入った。
「艦長、大型デブリの一つが急接近してきます。おそらく機雷と思われます」
「艦載AI、回避運動とデブリ防御をとれ」
またしても鷹野が勝手に命じた。
『アイ、コピー』
AIの人工音声が応答した。
「勝手なまねをするな!」
『現状では一刻も早い回避運動とデブリ防御が最善策です』
AIは川端の制止を拒否した。それどころか提案してきた。
『別の大型デブリが複数接近してきます。誘導ミサイルによる迎撃を提案します』
「艦長、これは自衛です。攻撃ではありません。自衛は憲法第九条に抵触しません。それとも、艦もろとも乗組員を犬死させるおつもりですか」
鷹野に迫られた川端は歯ぎしりした。
「ミサイルによる迎撃を許可する」
『アイ、コピー。アイハブコントロール』
やまとの制御は乗組員の手を離れ、AIの支配下に置かれた。
やまとはミサイル発射口がある艦首を地球に向けて、上昇した。ロケットには真似ができない機動だった。より高い軌道に遷移することによって、機雷より有利なポジションを獲得した。
『艦首ミサイル装填完了。誘導対象捕捉成功。ミサイルを発射します』
四つのミサイル発射口が開いて、四発の球状のミサイルが発射された。大気の抵抗がない宇宙では、もっとも素早く噴射ノズルを回転できる球状が、運動性能が良かった。
一番近くにいた機雷が、ミサイル群が近づいたときに自爆した。機雷の破片が周囲に高速でばら撒かれた。
『ミサイル二発が誘爆、撃墜されました。残りの二発は目標に接近して近接信管が作動、機雷の迎撃に成功しました。残敵は機雷一個』
「敵のAIもなかなかやるわね」
そう言ったが、鷹野の態度には余裕があった。
『残りの機雷の迎撃は間に合いません。警告、上空より機雷二個接近、迎撃が間に合いません。高速回避運動を行った後、反重力フィールドを展開します』
上下から挟み撃ちにされたやまとは、高加速度で横滑りした。ロケットでは有り得ない機動に、機雷のAIは対応できなかった。やまとの追撃をあきらめ、次々と自爆した。一部の機雷の破片たちが接近してきた。これは回避できない、そう覚悟した乗組員たちは衝撃に備えたが、何も起きなかった。
『デブリの反射に成功。反重力フィールドを解除します。ユーハブコントロール』
AIはやまとの制御を手放した。乗組員たちは、何が起きたのか理解できなかった。
「どうなっているんだ? デブリは来なかったのか?」
「跳ね返しました」
川端の質問に鷹野があっさり答えた。
「跳ね返した! どうやって?」
「やまとの周囲に反重力を作って、万有斥力で遠ざけました」
「反重力? そんなものは聞いてないぞ!」
「おや? そうですか。おかしいですね」
「とぼけるな!」
川端がついに切れた。
「この艦を設計したのは君だ。君しか知らない仕掛けが他にもあるはずだ。全部白状したまえ!」
「仕掛け? 例えばどのような?」
「ロボットに変形する戦闘機やテレパシーで操作する無人ビーム砲台が積んであるとか、艦が変形してロボットになるとかだ。反重力以外にもATフィールドが展開できたり、ミノフスキー粒子を散布したりするのか? ひょっとしてワープもできたりするのか?」
「いくら私が天才でも、さすがにそれは無理です」
自分を天才と言った鷹野の態度に、川端の怒りはエスカレートした。
「なら天才ができる範囲で何をした!」
「私が実現できたのは重力制御です。それだけです。後は単なる応用の問題です」
デブリとは?
宇宙空間において用をなさない人工物。宇宙を飛んでいるゴミ。元の意味は欠片。小さなデブリといえど秒速数キロメートル、時速に直すと数千から数万キロという速度で移動しているので、当たると宇宙船に穴があく。