第一話 「号砲二発! 宇宙護衛艦やまと始動」
栄えある初代艦長に任命されたはずの川端康雄一等宙佐は、やや憂鬱な気分で車に乗っていた。進宙式には地元住民、マスコミ、宇宙・軍事マニア、多数の国の大使や駐在武官が集まっていた。彼らを車窓から眺めながら、川端一佐は考えていた。自分は彼らのためのモルモットではないだろうか?
「まだ不安ですか?」
隣に座っていた、分厚いレンズのメガネをかけ、白衣を羽織った女性が声をかけた。やまと開発プロジェクトのリーダー、鷹野洋子防衛技官だ。
「私は根っからのロケット屋だからね」
「ご心配なく。私の設計は完璧です」
そう言われても川端は安心できなかった。鷹野技官は防衛装備庁の開発研究本部、通称開本に所属する技術者だ。自衛隊のメンバーではない。つまり鷹野は川端の部下ではない。アドバイザーという立場だ。
それに鷹野の評判は川端も聞いていた。マッドサイエンティスト、それが彼女につけられたあだ名だ。他の技官を寄せ付けない圧倒的な頭脳を持っているが、それを時々変な方向、個人的な趣向に使ってしまう問題児でもあった。重力制御エンジンの設計のほとんどと、やまとの基本設計を一人でやってのけた。つまりやまとの設計思想には、彼女個人の趣味が反映されている。
「本当に大丈夫なのか? まさか艦体をぶち破って、エンジンだけが浮上したりしないかね?」
「開本の審査を通ったのですから、そのような事は起きませんよ。しかし艦長も意外な趣味がお有りですね。気が合いそうです」
川端は苦い表情をした。
「君が二十世紀のアニメマニアだと聞いたので、調べてみた」
「ご安心ください。私は『超時空要塞マクロス』も好きですが、一押しはやはり『宇宙戦艦ヤマト』です」
川端は後悔した。その後の車中で、鷹野の熱いアニメトークを聞かされ続けた。誰か、この女の相手をしてくれ。せめて現代日本語に翻訳してくれ。そう思った。
車はやまとの近くで停車した。川端と鷹野は下車して、やまとを見上げた。天気は晴天、やまとは蒼空の一部を切り取った影のように見えた。やまとの外観は、大和やヤマトとは違っていた。やや卵に近い円筒形だった。ロケットエンジンのノズルは付いていない。それは到底宇宙船に見えない、それどころか乗り物にさえ見えなかった。外殻は滑らかで、凹凸はほとんど無い。黒一色で、かろうじて国籍マークと艦番号があるだけだった。
車は一台だけではなく、何台も並んで車列を作っていた。次々と政治家やら自衛隊のお歴々が下車した。出席者が揃ったので、式典が開始された。
式典会場は登壇者、外国の出席者、防衛省関係者、マスコミ、募集に当選した民間人の席があった。式典会場の外では、募集に外れた人々が遠くから見物していた。その中には防衛省のゆるキャラ、ピクルス王子とパセリちゃんもいた。更に陸海空宙全ての自衛隊の出店が並んでいた。最も力を入れていたのが陸上自衛隊だった。需品科の部隊を出動させて、糧食のレストランや、即席の公衆浴場を設けていた。これに対抗するかのように、海上自衛隊は旧日本海軍以来伝統の海軍カレーのレストランと売店を開いていた。上空では航空自衛隊のブルーインパルスによる演技飛行が披露された。真っ青なキャンバスに、色々なスモークで、絵を描いて見せた。どの自衛隊も少子高齢化で若い人材の確保が難しくなっている。イベントの開催は欠かせない。
だがそれらの人々の中に、アメリカ人はいなかった。もちろん政府は在日米軍を招待したが、断られた。日本に先を越されたことが、相当悔しかったのだろう。
式典は海上自衛隊東京音楽隊による国歌斉唱で始まった。宙自にも自前の音楽隊があったが、小規模だった。宇宙の施設での式典に備えたもので、地上の式典では他の自衛隊の音楽隊を借りることになっていた。もちろん宙自は地上でも自前の音楽隊を持ちたかったが、予算がつかなかった。防衛予算は限られているし、宇宙船はかなり金がかかる。正面装備を削るわけにはいかない。二択を迫られると、我慢するしかなかった。
式典は退屈だったが、無事に終わった。音楽隊による行進曲で、宇宙自衛隊から選抜された乗組員がやまとに乗艦した。目立たないように、アドバイザーの鷹野も乗艦した。士官が戦闘指揮所に集められた。式典の後で今更という感じがしたが、艦長の訓示が艦内に放送された。
『艦長の川端である。本艦は、やまとは、重力制御で飛行する、世界初の宇宙船である。将来の有人惑星間宇宙船の先駆けとして、世界中の期待を集めている。本艦の成功は、歴史に残る偉業である。各自の奮起を期待する』
CICにいた士官たちは敬礼をすると、持ち場に向かった。乗組員は全員青い艦内服を着ていたが、CICに残った鷹野だけは白衣姿だった。
「鷹野技官、艦内服に着替えてくれ。規律というものがある」
川端としては、当然の指示だったが、鷹野は聞く耳を持たなかった。
「開本ではこれが制服です」
ここは開本ではない。川端は説得を試みた。
「君の安全のためだ」
「ご安心ください。この服装は私がカスタマイズしたものです。艦内服より安全です」
「なら好きにしたまえ。ただし、安全は保障できん」
川端は鷹野を無視することにした。発進準備の確認を行った。
「機関室、出港準備はどうか?」
『現在外部電源により、核融合炉の起動に必要な電力を充電中です。充電完了まであと一時間です』
「うむ」
「艦長、中央司令部からの通信です」
真っ青な顔の通信士が川端に伝えた。通信を見た川端の顔色も変わった。
「小隕石が落下して来る。本艦を直撃する!」
CICの全員が硬直した。だが鷹野だけは違った。
「トールね。観測士、隕石は捕捉した?」
「レーダーで捕捉しました」
「本艦を直撃するまでの時間は?」
「およそ三百秒」
「機関室、保有エネルギー量は?」
『五百Mジュールです』
「砲雷長、火器管制を起動。第一砲塔発射用意」
矢継ぎ早に勝手に命令を出す鷹野を、川端は止めようとした。
「待ちたまえ。艦長は私だ。私を無視して勝手なことをするな!」
「今は非常事態です。艦だけではなく、進宙式に集まった人々の命もかかっています。ここはやまとを知り尽くした私に任せてください」
そう言われると、川端は分が悪かった。
「何をするつもりだ?」
「主砲で隕石を破壊します。主砲を撃てるだけのエネルギーは有ります。それ以外に助かる方法が有りますか?」
川端は反論できなかった。それで了解を得られた思った鷹野は、そのまま命令を出し続けた。
やまとの上部の外殻が開き、電磁投射砲の長い砲身が現れた。
「砲手、第一砲塔に三式弾を装填」
「三式弾、装填よし」
「照準のプリセットを確認」
「プリセットを確認、地球大気圏内」
「目標は隕石、照準合わせ」
電磁投射砲が向きを変えた。
「自動追尾よし、照準合わせよし!」
「撃ち方始め」
「ってーぃ!」
電磁投射砲が火を噴いた。ジュール熱によるプラズマが発生し、質量六十キログラムの砲弾がマッハ十二で撃ち出された。その空中衝撃波で、式場はメチャメチャになった。
「着弾まで十秒、九、八、……」
砲手のカウントダウンに、CICにいた誰もが息を呑んだ。
「〇!」
上空に閃光が走った。
「目標に命中、破壊しました!」
乗組員の全員が安堵した。
一方、やまとの周囲にいた人々の間には、騒ぎが起きた。
「派手な祝砲だな」
「まさか、おかしいだろう」
CICでは半ば放心状態の川端に、鷹野が助言した。
「艦長、出航を急いでください。また攻撃を受けるかもしれません」
「攻撃だと?」
「今のを偶然で片付けられますか?」
川端は反論できなかった。そこで鷹野の助言を取り入れた命令を出した。
「第一砲塔に三式弾を装填。上空警戒を厳にしろ」
「第一砲塔の電源を外部電源に切り変えてください。出航までの時間を短縮できます」
脅威の排除に成功した鷹野の助言を、川端は受け入れた。
「うむ。砲手、第一砲塔の電源を外部電源に切り変えろ」
「外部電源に切り替えました」
砲手の報告を聞いた鷹野は、助言ではなく、次の命令を出した。
「機関室、フライホイールを接続。そちらの方が充電が早いわ」
「だから私を……機関室、フライホイールを接続しろ」
『すでに接続しました』
川端は頭を抱えた。その一方で鷹野は命令を続けた。
「機関室、臨界プラズマ状態までの蓄電量は?」
『現在八十パーセント』
「二百パーセントで核融合炉に点火するわ」
「百ではなく二百?」
思わず川端が訊いた。
「核融合炉は核融合反応を発生させるため、エネルギーを注がなければなりません。エネルギーの収支が釣り合うのが臨界プラズマ状態です。エネルギーを取り出すためには、一時的にそれ上回るエネルギーが必要です」
「そうか」
川端は再び頭を抱えた。川端は液体燃料ロケットエンジンしか経験がなかった。そもそも宇宙自衛隊が核融合炉を搭載した宇宙船を保有するのは、やまとが初めてだった。
『こちら機関室、エネルギー充填二百パーセント』
機関室の報告に、鷹野はすかさず次の指示を与えた。
「核融合炉、レーザー爆縮開始」
『レーザー爆縮開始、発電を始めました……臨界プラズマ状態を突破!』
「アンビリカル、セパレート。主機への電力供給を開始」
『主機への電力供給を開始』
通信士が告げた。
「艦長、再び隕石です。中央司令部から『やまとはまだか』と催促が来ています」
艦長より先に、鷹野が反応した。
「しまった。アンビリカルを切り離してしまった。しかたないわね。電力の一部を第一砲塔に回して。主機が動かない宇宙船なんて、瀕死の狸よ。中央司令部には『待て』と返事しなさい」
鷹野の態度に川端は怒りを覚えたが、結局それ以外の選択肢は想い浮かばなかった。
「第一砲塔、照準合わせ終了と同時に撃ち方始め。中央司令部には『待て』と返事しろ」
電磁投射砲が再び火を噴いた。その反動でやまとを支えていたアームの一つが折れ曲がった。やまとが傾いた。さすがに周囲もおかしいと気づいた。
「船外の隊員に避難誘導をさせて」
「船外の隊員に出席者の避難誘導をさせろ」
自分はオウムか? 川端の怒りは上昇した。
『こちら機関室、主機が起動しました! 出力十パーセント』
「遅い! 主機バースト出力」
『バースト出力? まだ試していませんよ!』
「やりなさい。私が責任をとる!」
機関室ではなにやらやりとりがあったらしい。少し遅れて返事が帰ってきた。
『主機バースト出力開始……』
数秒経って続きの報告が返ってきた。
『出力百パーセント。やまと重力中立、機動可能。船外は無重量状態』
鷹野はドヤ顔になった。
「機関室、よくやったあ!」
CICにいた全員が、今になって冷や汗をかいた。やっぱり博打だったのか! そんな周囲にかまわず、鷹野は次の命令を出した。
「操舵手、十メートル上昇して船体傾斜復元」
「十メートル上昇、ようそろう。船体、起こーせー」
鷹野が命じると、やまとの姿勢が元に戻った。
「抜錨。やまと、発進!」
「やまと発進」
オウムの川端の怒りは、ややベクトルが変わった。液体燃料ロケットエンジンしか経験がない、自分の無能に。
アンビリカルとは?
ロケットと発射台を離陸直前まで接続しているケーブル。元の意味はへその緒。『新世紀エヴァンゲリオン』のパロディではありません。