微熱?いえいえ高熱です
遅すぎですよね…頑張ります!!
いつものように買い物カゴをぶら下げてのんびり店内を散策する
ぐだぐだと続いた長雨も、梅雨明け宣言とともにぱたりとその影を潜め連日連夜の猛暑攻めとくればいっそ過ぎ去っていった雨の気配に「カムバッーク!!」と叫び縋り付きたいほどだ
勤務先である病院は、場所が場所なだけあって温度調節がしっかりとされ院内で仕事をしている分には夏だろうが冬だろうが快適なことこの上ない
……ただその弊害なのか
年々暑さへの耐性がなくなってきているように感じるんだよね
やっぱり快適な暮らしは人間を退化させるんだね
ま、そのせいでせっかくの休日も暑さにやられて外に出かける気力がわかず
普段に輪をかけての引きこもりと化しているのが現状だったりするんだけど
さすがに食料も底をつきそうだし、仕方なく丸八内をうろうろしてる、というわけなんだけど
(今日の夕飯はなににしようかなぁ)
こう暑くては食欲もわかず、食欲がないせいか夕飯のおかずもなかなか決まらない
「食欲ないし、素麺とかでいいかな。でも茹でるという過程がなぁ。暑いよねぇ。」
ぶつぶつとしようもないことを呟きながら、地獄のような暑さの外に出る気にもならずに
ぐるぐると店の中を回り続ける
店内散策も2順目を迎えようとしたとき、見慣れた後姿に声をかけようとして
普段とはどことなく違う様子にあれ?と思う
「こんにちは、片平君?大丈夫?なんかふらふらしてるけど…」
後ろから肩をポンっと叩きながら声をかけると手のひらから伝わってくる熱さに一瞬ぎょっとした
(なにこれ!!?すごく熱いんですけど!)
「あぁ、亜季さん。こんにちは」
首だけで振り返った片平君の顔色は青白いのに火照っているというなんとも矛盾した様相を呈していた
「ちょ、ちょっと、熱、だいぶあるんじゃないの!?」
思わず額に手を伸ばし体温を確かめる
一瞬びっくりしたように目を瞠った片平君は、苦笑しながらもされるがまま口を開いた
「ちょっと、高いかもしれない。なんかさっきから体がふらふらするんだよね。」
「もう!買い物なんかしてる場合じゃないでしょう?具合悪いんならちゃんと休まなきゃ。朝からずっとこんななの?」
「いや、朝はちょっと頭痛いな位だったんだけど。なんかどんどん悪化してきて。」
「病院は?」
「……行ってない。」
いたずらが見つかった子どものように視線を泳がせながらの答えに駄目じゃないかと思うと同時にちょっと笑ってしまう。
うちの父さんもそうだったけど、男の人って病院嫌いが多いのかな?
まったく子どもみたいなんだから。
「買いたいものはこれで全部?」
「とりあえずは。今日の夕飯分だけでもと思って。冷蔵庫、空っぽなんだよね。」
かごの中には数種類の野菜と豚肉が入っている。
「面倒くさいけど、おかずに野菜炒めだけ作ろうと思って。」
片平家の主夫としては体調が悪くともご飯を用意しないという選択肢はないみたい。
体調が悪い時くらいコンビニ弁当だって誰も文句は言わないだろうに、本当にこの子は。
感心すればいいのか、あきれればいいのか、判断に悩むところだけど
「そっか。じゃあ、家まで送ってく。早く帰って休んだほうがいいよ。」
「えぇっ!?いいよ、亜季さんの家より遠いし。」
慌てて断ろうとする片平君にちょっと怖い顔をしてみせる
「ふらふらしてるのに何言ってるの?具合悪い時くらい遠慮なんかしないの!それにこれは片平君の為じゃなくて自分の精神衛生上勝手にやるだけだから、気にしないで?」
最後にちょっと笑ってそう付け加えると片平君も観念したように笑う。
「分かった。じゃあ、お世話になります。」
「了解。じゃ、早く会計して帰ろう。」
手早く会計を済ませると、「荷物くらい持てる」と主張する片平君から強引に荷物を奪い取って隣を歩く。
最初はちょっと不満そうにしてたけど、陽が落ち始めているにもかかわらず相変わらずの暑さの中では意地を張っていられなかったのか、やがて観念したように歩き出す。
車道側を歩きながら時々ふらっと傾く片平君をなんとか支えて、とにかく彼の家を目指した。
外はこんなに暑いのに、片平君の体は小さく震えている。
「お家に市販の風邪薬はあるよね?」
本当はきちんと医者に診てもらって処方される薬のほうが効き目は断然いいんだけど
あまりに辛そうな様子に今から病院へとも言いにくい
私の言葉に首を小さく縦に振ることで返事を返した片平君には既にこれ以上の外出に耐えられるだけの余力は残ってないだろうし
なんとか片平家まで辿り着いて玄関口に入り込んだ瞬間、締め切った部屋特有のもわっとした暑さが全身を襲う
と同時にずるずるとその場に座り込んでしまった片平君にびっくりしてとりあえず荷物をその場に下ろしてその顔を覗き込めば、汗をびっしょりかきながら「はっはっ」と浅く呼吸を繰り返している
(え~い、ままよ!)
こんな状態ではとても放ってはおけず、お邪魔します、と一声かけて片平君に肩を差し出しその体を支える熱で力の入らない体は思っていた以上に重く、そして熱かった
とりあえず玄関から移動して部屋の奥へ移動する途中見覚えのある鞄やシャツが置いてある部屋を発見してきっとここが彼の部屋だろうとベッドにゆっくりと体を下ろした
(お、重かった~)
「片平君、とりあえず着替えてちゃんと布団に入って?聞こえてる?」
私の問いかけにかすかに頭が上下するのを確認するといったん部屋を出て玄関へと戻り放置していた荷物を持って台所を目指す
綺麗に整頓されている台所に、そんな場合じゃないとは思いつつも感心しながらとりあえず買ってきた食材を冷蔵庫にしまい、朝ごはんに使用されたのだろうシンクに置いたままになっている食器を手早く洗う
人様のうちではなんとも勝手が分からず、とにかく頭を冷やす為にビニール袋に氷を入れて
タオルで包んだものを即席で作ると、こんなこともあろうかと買っていたスポーツドリンクを持ってもう一度片平君の部屋へと戻る
コンコン
ノックをしてみても返事がなく、逡巡した後にそっと扉を開けると着替え終わった様子の片平君は
言ったとおりにきちんとベッドの中にいた
起こさないようにそっと近づいて額に手を置くと伝わってくる熱さでかなり高い熱が出ていることが分かる
さすがに風邪薬の在処までは分からないし、家捜しするわけにもいかずせめてと、タオルを額に乗せると少しだけその表情が和らいだ
その様子にちょっとだけほっとしながら持ってきたスポーツドリンクのキャップを開けてゆるく締めなおし、いつでも飲めるようにと枕元に置く
とりあえず出来ることは以上かなと、少し考えて、ちょっと迷った後に台所に戻る
(う~ん、これは非常識かな。でも…)
よし、と覚悟を決めて少しだけ台所のあちこちを見渡しある程度の物の位置を把握する
(とりあえず、お粥と野菜炒め、かな。)
慣れない台所で多少時間はかかったが、なんとかそれぞれのご飯を作り終えると使った物を洗いあった場所に戻して台所から出る。
自分の手帳から一枚紙を破って、片平家の皆さんに宛てたメモを書いて名刺を添え、
食事と一緒にテーブルに置く。
もう一度だけ片平君の様子を見に行くと、先ほどよりは少し落ち着いた様子で目を覚ます気配もなく眠っている
今度こそもう自分に出来ることはないだろうと部屋から出ると玄関へと急いだ。
いくらなんでも人様のお宅にいつまでもいていいような状況ではないしね
片平君が持っていた鍵をちょっとだけ拝借する
(鍵を閉めて、新聞受けから中に入れておけば大丈夫だよね。メモにもそう書いておいたし)
荷物を持って玄関の扉を開け外に出ようとした瞬間「わっ」っと少し焦ったような声が聞こえたと同時に、トンっと目の前を塞いでいた障害物にぶつかって思わず顔を上げる
まず目に入ったのはどこぞの高校のブレザーの制服。
びっくりして視線を上方へと向けると片平君に良く似た、けれど少し幼い印象を受ける男の子がびっくりしたように目を大きく見開いて、そこにいた




