~ Keigo Side ~ 「決意」
あぁ…体がだるい
こんなに体調を崩したのは何年ぶりだろう
暗闇で寝るなんて当たり前の行為が、今は少しだけ心許ない
「…にき、…兄貴!」
ふいに耳に馴染んだ声が自分の名前を呼んでいるのに気づき、意識がふっと浮上する
うっすらと目を開けると、見慣れた顔がいつもより少し心配そうな様子で自分を覗き込んでいた
「け、いた?」
呼びかける声が思った以上に弱々しく、内心苦笑せずにいられない
「具合、どう?お粥あるけど食えそう?」
圭太の呼びかけに首をかしげる
お粥って…こいつ作れたのか?
「調子は…まぁまぁ、かな。それにしてもお粥って、…圭太作れたっけ?」
基本、健康優良児の我が家では、体調崩して寝込むなんてあまりない。
我が家の食卓に「お粥」が出たことなんてあっただろうか
熱のせいかうまく働かない頭でなんとなく片平家食事歴を遡っていると、思いがけない答えをあっさりと圭太が口にする
「俺が作れるわけないだろ。高郷さんって兄貴の知り合いなんだろ?あの人兄貴をここまで連れてきてくれて、代わりに晩飯まで作っていってくれたんだ。」
…え?…
「たか、さとって、亜季さん?え?連れて来てくれたって…」
衝撃の事実に普段より格段に性能が低下している能が今度こそ活動を停止する
………。
…あぁ。
確かに亜季さんに会った。
びっくりしたような顔で、でもこちらを気遣うようなまなざしで声をかけられたのを覚えてる
それで体調が悪いってすぐにバレて、心配だからって家まで送ってもらった…んだよな?
なんか、途中から記憶が曖昧で…
おれ、結構やばかったのかな
それにしても
「亜季さん、飯作ってくれたって?」
うんうんとうなりながら記憶を辿っていた俺に
「覚えてないのかよ」と小さく顔をしかめている弟に再度確認する
「そ。まぁ、俺が帰ってきたときにちょうど帰ろうとしてたあの人に玄関先で出くわして。で、事情聞 いて。勝手に色々いじってすみませんって。迷惑かもとは思ったけど、体調悪いのに買い物に来てた 兄貴の代わりに飯も作ったって。何かあれば連絡くださいって、連絡先も置いていったよ。」
「そっか…」
圭太の言葉に少し前に知り合った年上の女性を思い浮かべる
スーパーなんて生活感溢れる場所で出会った彼女は、いつだって飾り過ぎないスッキリとした出で立ちで思いがけない本音をぽろぽろ口に出してこちらを驚かせる
その容姿は「誰から見ても文句なく美人」というわけではないけど、
くっきりとした二重も、楽しそうにキラキラ輝く瞳も、いつもうっすらとだけ色づいている唇も
知れば知るほど魅力を感じる、そんな人だと思う。
見てるだけならいかにも「仕事が出来る」って感じの大人の女性なのに、
出会う場所が場所だからなのか少し間の抜けた素の表情に出くわすことも多くて、
気がつけば、なんとなく彼女の姿を探してる
―そんな自分に気がついた
自分の周りにいる同年代の異性とは違って、浮ついていない落ち着いた感じに
一緒にいると居心地のよさを感じて
声をかけたときの一瞬驚いたような表情も、こちらを認識して浮かべてくれる偽りのない笑顔も
自分に向けられているのだと思うと嬉しさがこみ上げる
「今度お礼、言わなきゃな。…お粥、食べるよ。そっち行くから準備だけ頼めるか?」
気になっていた人の初めての手料理が「お粥」なんて
ちょっと笑えるけど
でもそれも俺達らしいかな、と思う
亜季さんにとっての自分はきっと「主婦友」で
「男」として見られているかどうかも果てしなく怪しいけど…
それでも、この気持ちがなんなのか気づいてしまったから
ね、亜季さん
俺は俺の全力で、あなたを追いかけることを今決めた
驚いた顔も、笑っている顔も、不安げな顔も、怒った顔さえも
いつだって俺の隣で浮かべていて欲しい
あなたが助けてくれるように、あなたを助けるのはいつだって俺でありたいから
「まずは、栄養補給して体調治さないとな。」
決意も新たに、少しふらつく体を起こして圭太の後姿を追う。
その先に待つのがたとえ「お粥」だったとしても、亜季さんの手作りというだけでこれほど嬉しい気持ちになるんだから、男って、ほんと単純だよね?
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