第8話 演習場とお説教
第8話 演習場とお説教
・軍専用演習場
今俺は、城敷地内にある演習場で、部下達の訓練を見ながら、各部隊の隊長に囲まれていた。
「いったいどういう事だ? コンラット」
青い長髪を下の方で束ねた、俺と同じ身長180クアメイト位の若い男、アドルフ・アディンセルが言う。
青い二重の目が機嫌悪そうに俺を見ている。
服装は白いガンベゾンの上に茶色いレザーアーマー、黒い皮のパンツに黒のショートブーツを履いている。
羽織っているマントは濃い緑。
顔もかなり整っていて、人当たりも良く、城の侍女や街の娘達にも人気がある。
俺と同じ年の24歳で、弓兵の隊長をしている。
同期で帝国軍に入隊し、共に隊長まで上り詰めた、俺の親友だ。
「どうとは?」
俺はアドルフに問う。
大体の予想はしているが。
「惚けるな! あのような得体の知れない黒騎士が、騎士隊長兼皇族専属騎士とはどう言う事だと聞いているんだ!!」
そう言ったのはセレスティア・エイヴァリー。
下級貴族、エイヴァリー家の長女で槍兵隊長。
金のウエーブがかったショートヘアーで、顔は美人に分類される。
紫の二重の大きな瞳は俺を睨みつける。
銀色のスケイルアーマーとガントレット、膝上までの茶色い皮のスカートに鉄製のヒールの高いロングブーツを履いている。
マントの色は紺色。
確か年齢は19歳だったか。
性格はプライドが高く、口調は男らしい。
俺は、セレスティアが言った一言に苛立ちを覚えた。
よく知りもしない癖に、あの人を侮辱しやがって。
「セレスティア、隊長への侮辱はお前でも許さん」
「「「「「!?」」」」」
俺は声にどすを利かせて言うと、目を見開き全員が驚きの表情を表す。
俺があの人を隊長と言った事に対して、困惑しているようだ。
「昨日陛下が言った通りだ。あの人は皇族や俺達の命の恩人であり、俺がついて行くと決めた唯一の方だ。だから俺とカイルは陛下に願い出たんだ」
「だっ、だが! 何故あの者が皇族や皇族に近しい人間の証である赤を許されるんだ! いくら伝説の黒い一角獣に選ばし騎士だからと言っても、私は納得できん!!」
それでも尚、納得できないと突っかかる彼女に俺は呆れる。
「まぁ待ちたまえ。君の様な美女が叫ぶものではない」
キザな口調のこの男は、剣士隊長であるアデルバート・アバークロンビー。
金の切り揃えられた短髪、青い二重の垂れた目。
左の眼の下には泣き黒子。
身長は175クアメイト位で年齢は23歳。
銀色のプレートメイルを着用。
マントの色は紫。
大貴族アバークロンビー家の長男で次期当主。
セレスティアとは幼馴染みらしい。
剣の腕前は確かで剣士隊長に相応しいのだが、口調通りキザな性格。
男相手では初対面だろうと失礼なセリフを平気で言う。
典型的な貴族の坊っちゃんだ。
帝国軍に属している男達に、この男を殴りたいと思わない奴は居ないと確信している。
特技はお得意の流し眼で、女を落す事。
プライベートでは何時も楽しそうに綺麗な女に囲まれている。
部下達は羨ましいと言っていたが、俺には何が羨ましいのか全く分からん。
この遊び人が…。
「アデルの言う通りだ。少し落ち着けセレス」
セレスティアを宥める様に言う、ブランドン・アダムズ。
闘士隊の隊長で、隊長達の中で最年長。
身長190クアメイトで筋肉体質の大男。
髪は焦げ茶色の襟足までの長さのウルフヘアー。
瞳の色は茶色。
一重で目付きが悪く、日に焼けた褐色の肌が特徴。
濃い緑のガンベゾンの上に黒いロリカセグメンタータ、茶色い皮のパンツに黒のロングブーツ。
マントの色は茶色。
見かけによらず、お人好しな性格。
平民出身だが、セレスティアとアデルバートの兄の様な存在で、二人は彼を慕っている。
彼等だけでなく、この軍の中で彼を慕っている人間は少なくない。
俺自身もかなり頼りにしている。
「そ、そう…です……よ」
モジモジと詰まりながら言ったのはエイミー・アーノルド。
中流貴族のアーノルド家の三女で末っ子。
フードを深々と被っていて、赤いロングヘアーを左右肩の前に流している。
赤い一重の垂れ目で丸メガネを着用した、普通の顔立ち。
水色のローブには銀色の糸で花の刺繍が施されている。
茶色いショートブーツを履いている。
マントの色は橙色。
強度の人見知りだが、魔法の腕前は帝国で一番優れている。
責任感も強くやる時はやるタイプだ。
「……すまない」
皆に指摘されて頭が冷えたセレスティア。
「まっ、セレスの言い分もわかるよ。あんな何処の誰か分からない男が、この僕より上何て認められないね」
言っている事の一部はともかく、アデルバートの言った言葉に全員が頷く。
それにしても、やはり全員が身長と声で隊長を男と判断したようだ。
俺も顔を見るまで気が付かなかったからな。
「コンラット、俺もアイツの事が信用できない。あんな怪しい騎士の何処に、お前の様な最高の騎士が惹かれたんだ」
アドルフが聞く。
コイツとしては、一緒に上まで登った親友の地位が下がる事が気に食わないのだろう。
だが、こいつは勘違いをしている。
「アドルフ、俺は最高の騎士なんかじゃない。俺の実力は確かに常人より上だが、それはただの訓練の結果だ」
俺は平民出身のただの騎士にすぎない。
確かに今まで最強と呼ばれていたが、俺はそう呼ばれる事に対して疑問を思っていた。
俺はただ人より強いだけの平凡な人間なんだ。
そしてそれは昨日ハッキリした。
「皆も聞いてくれ。俺は何処にでもいる平凡な人間だ」
「そ…そん…な……事…ない、で…す!」
エイミーは必死に否定する。
エイミー以外もそんな馬鹿なと言う顔を俺に向けた。
「エイミーの言う通りだ。お前に敵う者など居る訳ない!」
セレスティアが言う。
俺はセレスティアの言葉に返す。
「いいや、俺はあの人には勝てない」
「そんなの信じられる訳無いだろ」
俺が言った言葉にアドルフが言った。
どうやら彼等全員、俺に敵う者は絶対に居ないと言う思い込みがあるようだ。
そんな彼等に、俺は無性に腹が立った。
「いい加減にしろ!」
「「「「「っ!?」」」」」
俺は思わず怒鳴る。
その怒鳴り声で、隊長達はおろか訓練を受けていた部下達も驚き、訓練を中断する。
俺はそんな彼等に言う。
「お前達がそう思ってくれるのは嬉しい。だがそれはつまり、『俺には敵わないから、強くなっても無駄だ』と言う諦めのセリフにしか俺には聞こえない!」
俺はずっと思っていた事をぶつける。
「ずっと思っていた! 俺はただ人より努力しないと国を守れないと思って、訓練してきただけだ。それなのにいつの間にか帝国最強と言われ、周りの俺に対する色々な想いの視線が俺に圧し掛かってずっと重かった。俺は平民出身のただの人間だ! そんな想いを向けられても、受け入れる程の器は俺には無いんだ!!」
「お前……」
アドルフが声を漏らす。
今まで誰にも言わなかった俺の本音だ。
驚くのも無理が無いだろう。
「その証拠に昨日オーガに5体に襲われた時、俺は陛下達を危険な目に遇わせてしまった上、力尽きて駆け付ける事が出来なかった」
黙って俺の話を聞く皆は、ずっと驚いた顔をしながら聞く。
『嘘だ』とか『信じられない』と表情がずっと言っているのが良く分かる。
「絶望した。誰でもいいから陛下達を助けてくれと強く願った。その時、俺達の前に現れたのがあの人だった」
俺はあの時の事を思い出し、頬が緩むのが分かった。
あの時、困惑しながらも俺は見入っていた。
伝説の黒い一角獣に跨り、オーガを貫き、宙を舞う姿に。
「あの人が現れた時は夢かと思ったよ。黒い一角獣に跨り、森の中から飛び出して来て、陛下達の危機を救い出してくれた。あの人が俺達に希望をくれた」
あの時、隊長とオーガの闘いを思い出す。
行き成りオーガを挑発して、わざと怒らせた時は何をやってるんだと思った。
でも次に見た物は、片手で持った剣でオーガを圧倒する光景。
俺でもオーガの力には両手で剣を持たないと、太刀打ちできない。
そして、オーガを一刀両断何て芸当をやってのけた。
その時すでに、俺は心の何処かで思っていたのだと、今では分かる。
あの人には敵わないと。
「俺にとって、あの人が黒い一角獣に選ばれていようと無かろうと関係ない。あの人だからこそ、俺はついて行きたいと強く願ったんだ!」
俺が言い終わると、誰もが黙りこんでいた。
しばらく沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは
「兄上!」
隊長の世話係になった妹、アリスの声だった。
演習場の出入り口の門を見ると、妹と一緒に黒い鎧に全身を包んだ隊長の姿があった。
黒い鎧に真っ赤なマントがよく似合っている。
「隊長!」
俺は思わず弾んだ声で呼ぶ。
その声に、またも驚いた顔を俺に向ける隊長達や部下達。
その視線を無視して、俺は隊長の近くに駆けて行った。
「隊長! どうなされましたか?」
俺が認めた唯一の上司に尋ねる。
「ああ、コンラットに相談があって来たんだけど、何かあった?良く分からなかったけど、声が聞こえてきたから」
隊長は低い男の声で言った。
どうやら、俺の声が外まで響いていたらしい。
内容が知られていない事にほっとした。
この人の前ではみっともないところを、余り知られたくない。
俺は顔を引き締める。
「いえ、大したことではありません」
「兄上ったら、黒騎士様が来た事がそんなに嬉しいんですね」
アリスが俺の顔を見て、ニコニコしながら言った。
我が妹ながら鋭い。
「………」
隊長は首を傾げている。
「それより隊長、相談と「君か~、黒騎士君」……」
俺が尋ねようとした時、アデルバートが隊長に声をかけた。
このキザ男が。
「え~と、貴方は?」
隊長がアデルバートを見ながら言う。
「僕はアデルバート・アバークロンビー。剣士隊の隊長だ」
そう言ってガントレットを嵌めたまま、右手を出す。
おい、普通ガントレット外すだろ。
「顔と本名を隠したままで、申し訳ございません」
そう言って隊長はガントレットを外して、アデルバートと握手をする。
さすが隊長。
貴方の器の大きさを表している。
「……フッ」
隊長と握手している手を見ながら、アデルバートは鼻で笑った。
正確に言えば、隊長の右手を見て。
「……何か?」
隊長がアデルバートに聞く。
「いや、ゴツゴツした貧相な手だなと思っただけだ」
アデルバートは、隊長を見下し、馬鹿にしたように言った。
この野郎!
隊長に何てこと言いやがる。
確かに隊長の手がゴツゴツしていて、女性のふくよかな手とかけ離れているのは、見ているだけでも分かる。
まるで男の様な手だ。
しかし、言っていい事と悪い事がある。
アデルバートの後ろにいた隊長達や部下達は、言われて当然だと言う顔で隊長を見ていた。
この場に、皇帝一家に同行していた部下達が居たら、アデルバートに殺意を向けていたに違いない。
俺はアリスと共にアデルバートを睨みつける。
アデルバートは、手を離し続ける。
「黒い一角獣に選ばれた騎士と聞いて期待してみれば、こんな貧相な手をした人間だったとはね。残念だよ」
「………」
隊長は黙っている。
俺はこれ以上、我慢が出来そうにない。
アリスも同様、手を握りしめている。
俺は目で合図を送る。
次失礼な事を言ったら、この男半殺しにしてやると。
それを正確に読み取ったアリスは、頷く。
さすが俺の妹だ。
「コンラット、目を覚ましなよ。こんな騎士の下に付いていたら、君まで品が悪くなる。それとも何かい?君はの目は節穴で、正しい事が分からなくなっているのか?だったらもう救いようがない馬鹿だよ」
よしぶっ飛ばそう。
俺がアデルバートに近づこうと踏み出した。
だが、次の瞬間。
――――バァコンッ!!
「グァフッ!!」
一瞬の出来事だった。
踏み出そうとした瞬間、隊長のガントレットを外した右手が、アデルバートの顔面を殴り、その衝撃で後ろに吹っ飛ばされ、ちょうど真後ろに居たブランドンが受け止めた。
「フゥ」
隊長はガントレットをはめながら息をつく。
俺は呆気に取られた。
冷静に対処するイメージがあった隊長が、怒っている。
兜で良くは分からないが、雰囲気で分かる。
「貴様!?」
アデルバートが殴られた事に、仲間を大切にするブランドンは怒り、アデルバートを地面に座らせ、隊長目掛けて掴みかかろうと突進して来た。
「・・・・やれやれ」
それを見た隊長は慌てる訳でなく、むしろ冷めきったように呟く。
そして
――――ガシッ!
「なに!?」
「おりゃぁぁぁぁ!」
――――ドッシーンッ!!
ブランドンが掴もうとした右腕を、左脇で挟み、クルッと素早く後ろに向きを変え、右手で確り襟元を掴むと、ブランドンの突進してきた勢いを利用し、背負う様にして、ブランドンを投げ地面に叩きつけた。
見事な技だった。
あの技は何だろう?
「うっ・・・」
背中にかなりの衝撃が来たのだろう。
ブランドンは仰向けに寝たまま動けずに、顔を歪める。
「この野郎ぉ!」
今度はアドルフが弓矢を構えて隊長に向けている。
良く見たらアイツ、お得意の氷魔法で矢を強化してやがる!
「アドルフ! 止めろ!!」
俺はアドルフを怒鳴りつけて止めさせようとした。
「馬鹿を言うな! 隊長が二人もやられたんだぞっ! こんな奴俺が!!」
駄目だ。
あの馬鹿頭に血が上って、いつもの冷静なアドルフじゃなくなっている。
まるで、昔俺と一緒に馬鹿をやっていた頃のようだった。
この状態は正直、俺でも止められない。
それほどタチが悪いんだ。
俺は隊長に注意するように言おうとしたが
「チッ…ガキか? アイツ」
完全にキレている隊長の雰囲気に、声をかけられなかった。
俺の実戦で鍛えられた勘が言っている。
今この人に話しかけてはいけないと。
それはアリスも感じ取ったようだった。
何時の間にか隅の方へ避難している。
いつも思うが、アイツの危険察知能力はすごいな。
昔から危険だと思ったら、友人を連れてさっさと安全地帯に避難していた。
今回もそれが働いたようだ。
俺が妹の行動の速さに、呆れ半分尊敬半分で考えていると、アドルフが矢を放つ。
だが、それは隊長に当たることは無かった。
「なっ!?」
「………」
アドルフが放った氷の矢を、いつの間にか抜いていた剣で叩き切り、防いでいた。
アドルフは驚き、状況が理解出来ていないような顔をする。
そんなアドルフを、無言で見ていた隊長が地を蹴り、『目で追うのがやっと』と言える速さでアドルフに向かう。
余りの速さに反応できなかったアドルフの喉元に、剣の刃がついていない背の部分を押しつけていた。
「「お見事」」
その出来ごとに俺とアリスは思わず呟く。
思わず呟いてしまうほど、本当に見事だったのだ。
「…頭は冷えたか?」
「………」
冷たい隊長の声に、アドルフは無言で頷く。
それを見た隊長は、アドルフに押しつけていた剣を離し、音を立てて鞘に納める。
その音を聞いて、アドルフは尻餅をつくようにして座り込んでしまった。
顔には怯えの表情が出ていて、よく見ると震えているようだ。
そんなアドルフに背を向けた隊長は、顔を押さえながら座り、今までの出来ごとに信じられないと言う顔をしている、アデルバートに近づく。
「くっ来るな!」
その姿に剣士隊隊長の面影は一切無かった。
まるで何処かの、口だけ達者で無能な糞貴族のようだ。
そんなアデルバートに無言で歩み寄って行く隊長を、セレスティアとエイミーは止めようとしなかった。
いや、止められなかった。
隊長の圧倒的な力の差を見せつけられた事によって。
隊長は怯えているアデルバートの近くで立ち止り
――――ガシッ!
と、プレートメイルの下に来ていた白いシャツを、右手で掴み無理やりアデルバートを立ち上がらせる。
「……お前、私が何故怒っているか分かるか?」
地を這うような冷たい声だった。
アデルバートは歯をガチガチと震わせ、青い顔をしている。
その様子だと、あまりの恐怖に声が出せないようだ。
「チッ…このくらいで情けない」
アデルバートの様子に、吐き捨てるように言う隊長。
「いいか、初めは私も我慢しようと思ったんだよ。あんた達が私に対して良く思っていない事は分かっていたから」
隊長は静かに地を這うような冷たい声で続けた。
「私みたいな何処の誰とも分からない、全身真っ黒な鎧で顔は兜で隠れている。そんな怪しい奴が行き成り、真っ赤なマントと公爵の地位を与えられ、何の苦労もしないで行き成り騎士隊隊長兼皇族専属騎士。良く思わないのも当たり前だ。むしろ腹が立って当たり前だ。だけどな、あんたの言った言葉だけは許せないんだよ!」
「ヒッ!」
隊長が怒鳴ると、アデルバートは震え上がる。
それはこの場に居る全員一緒だった。
「一つは、あんたの私に対する態度。これだけだったら、さっきも言ったように我慢しようと思ったんだけど。だが、あえて言わせてもらう。あんたのアレ何? 普通握手する時は素手というのが常識じゃない? そしてその後の、私の手を見てからの、あの見下した態度。確かに私の手はゴツゴツしていて品のある手じゃない。だけど、あの上から目線は無いだろ?あんた相手を馬鹿にすんのも大概にしろ」
「………」
アデルバートは壊れた、おもちゃの様に首を振りながら頷く。
「二つ目。私がブチキレた内容だ。私の事は何言おうと構わない。実際私には原因があるからな。だけど……」
隊長は左手の拳を強く握り、震わせる。
そして、俺は隊長の次に言った言葉に驚かされた。
「私の問題にコンラットは関係ないだろう!!」
それを聞いて、この場に居る全員が目を見開く。
いや、離れて様子を見ているアリスだけは、嬉しそうに微笑んでいた。
「コンラットの目が節穴? 救いようのない馬鹿? なにフザケタ事ほざいてんだよ、このアホ剣士! それはあんたの方だろうがっ! 彼のどこが、目が節穴で救いようのない馬鹿何だっ!? 必死にオーガから皆を守ろうと、ボロボロになっても闘える、誰よりも優しくて頼りになる騎士じゃないか! 会ったばかりで、彼の事を余りよく知らない私だけど、一目見て分かった! あんたみたいな、物事をちゃんと見ないアホ剣士が、悪く言っていい男じゃないんだよ!!」
そこまで言って、隊長はアデルバートを押すようにしてつき放す。
アデルバートは再び地面に座り込む。
「いいか! 今度私の事で、他人の悪口言ってみろ! その時はお前の首と胴体がお別れしていると思え!!」
「ハッハイッ!」
右手の人差し指でアデルバートを差しながら怒鳴る隊長に、返事をするアデルバート。
「よし!」
満足した隊長はアデルバートに背を向けて俺の方に近づいてくる。
怒りの雰囲気も消え、元の雰囲気だった。
「ごめんコンラット。騒がせてしまって」
元の、普通の低い男の声で謝罪をする隊長。
そんな隊長に慌てる俺。
「いっいえ、隊長が怒って当然です! と言うか隊長がアイツを殴らなくても、俺とアリスが半殺しにしているところでした!」
「……え? アリス?」
隊長にとってアリスの名前が出た事が不思議だったのだろう。
首を傾げて不思議そうな雰囲気を出す。
この人はどうやら、感情を雰囲気で表わすようだ。
それも相手に分かりやすいように、わざと。
「はい。城の侍女になってからでしょうか? 何処で覚えたのか分かりませんが、アイツは素手武道の達人でして、貴方が先ほど相手をした隊長達とも、いい勝負を出来る程の腕前なんです」
「へ、へぇ~……」
恐らく、兜の下の顔は引きつっているだろな。
俺も時々妹が恐ろしく見えるときがある。
「あのさ、昨日も思ったんだけど。この城の使用人さん達って何者?」
「さ、さぁ~……」
すみません隊長。
それは俺達軍の人間の中でも謎なんです。
やけに仕事が早いわ、戦闘能力がそこそこあるわ……。
「そっそれより相談したい事とは何ですか?」
これ以上考えるのが怖くなり、俺は当初の目的について聞くことにした。
「あ、そうだった。コンラット、都で奴隷オークションの噂を聞いたんだけど、詳しく情報が欲しい。誰か調べている人間の話を聞きたいんだが?」
「え!? 確か今日は陛下から、休暇を仰せつかっていたと思うのですが? まさか独自で情報収集を!?」
俺が知らない所で、すでにこの人は動いていた。
「まぁ、服を買いたかったのもあるし、都の今の状況を自分の目で見たかったんだ。私の国の言葉に『百聞は一見に如かず』って諺があるし」
聞きなれない言葉に俺はいぶかしげな表情をする。
コトワザとは何だ?
「隊長、コトワザとは?」
俺は隊長に質問する。
「諺って言うのは、古くから慣わされ、日常生活の真理をうがった簡潔な表現のことだよ。『百聞は一見に如かず』の意味は『人から聞くよりも、一度実際に自分の目で見る方が確かで、よく分かる』って意味」
成程。
「素晴らしい言葉ですね」
確かにコトワザとやらの言う通りだ。
「流石です隊長。分かりました、それでは俺が信頼している部下達を呼んできます。隊長は部屋で待っていてください」
「ありがとう。ごめん、忙しい所」
隊長が申し訳なさそうに謝る。
「いえ! 自分は貴方の部下ですから」
「あ~、コンラット? 『自分』じゃなくて『俺』の方がコンラットには似合ってると思うから、そっちでいいよ?」
突然言われた言葉に首を傾げる。
「いやさ、初めて話した時、普通に話してて、途中から敬語になったじゃん? 敬語はもう仕方ないと思う事にしたけど、コンラットが自分自身の事を『自分』て言うより『俺』って言ってる方が親近感が湧いてくると言うかその、私としてはその方がカッコイイと思うよ」
えっ!?
そっそれはどう言う!?
「じゃ、そう言う事で! これから私の前でも自分自身を言うときは『俺』で!」
「いや、何がそう言う事なんですか!?」
「そう言う事はそう言う事だ。それじゃ、先に部屋に戻ってるよ! 」
そう言って隊長とアリスは演習場から出て行った。
てっ、早っ!?
「か…かっこ…いい」
俺が出入り口を見て呆気にとられていると、後ろからエイミーの声が聞こえた。
振り返れば赤く染まった頬を両手で押さえ、うっとりした表情をしているエイミー。
「あの身のこなし、まさしく本物! あのお方を疑っていた、先刻までの自分がどうかしていた!」
エイミーの横でセレスティアが同じく頬を赤く染め、両の手を握りしめながら言った。
二人とも興奮しているようだ。
どうやら二人は先刻の光景を見て、隊長の素晴らしさが分かったようだ。
「…コンラット、あの騎士はいったい」
アドルフがいつの間にか近くに来て、隊長の事を尋ねる。
いつの間にか復活していたブランドンや、腰が抜けて座り込むアデルバート、セレスティアとエイミーの視線が俺に集まる。
いや、この演習場に居る全ての者達の視線が俺に集まっていた。
そんな彼等に、俺はニヤリと笑いながら誇らしげに言った。
「あの人こそ、伝説の黒い一角獣に認められた最高の騎士であり! 陛下や俺達を怒鳴りつけた人だぁ!!」
To be continued
あとがき
第8話如何でしたでしょうか?
今回全てコンラットの視点でお送りしました。
コンラットの心に秘めた重圧を考えながら書いたお話でした。
それと、気になっていた方もいたと思います、智慧の手についても今回の話の中で出させていただきました。
智慧が素手で握手をするのは、手だけでは性別が判断できないと分かっていたからです。
どうしてこんな手をしているのかについても、物語の中で明らかにしていきますので、今後も読んでいってもらえるとうれしいです!
これから、政治や思惑、貴族や魔族、魔物とも深く関わって行く智慧を今後もよろしくお願いします。




