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小さな隙間から、顔を横向きにしてこっちをじっと見つめてくる眼差し。
「……サラン?」
枯れかった声で、名を呼ぶ。テディたちもその存在に気付いたらしく、騒ぐのを止めてはたりと、背後のドアを振り返り見る。
静かにドアが開き、戸惑いに満ちた表情の末娘……サランが顔を覗かせた。ついさっきまで馬を駆っていたためか、風圧で豊かな茶色の髪がばさばさに広がっていた。
「あ、あの……おはよう、ございます……」
キッチンで繰り広げられる珍光景に辟易しつつ、サランはたすき掛けにかけていたポーチを探って袋に包まれた物品を目の前に差し出した。
「えと、姉様のお使いの品、持って参りましたが……この状況は?」
この状況。つまり、俺とジジイの手をがっちりホールドさせるテディと、喧嘩腰の俺。きもいくらい顔を赤らめているじいさんに、毎度の如くクリップボードに書き込み中のユイ。部屋の隅では長女と次女が背中を丸めて爆笑。
……そりゃ、不審に思うよな。
電光石火、緩んだテディの手から自分の手を引き抜き、上着の裾でしっかり拭いながらサランに歩み寄る。
「えっと、サラン……」
いろいろすまなかった。そう言おうとしたとたん。
ネックレス入りの袋を持ったままの体勢で、わなわなと小刻みに震えだすサラン。その目も大きく見開かれ、今にも大粒の涙をこぼしそうに目元を潤ませている。
「ど、どうした……」
「申しわけありません、アーク様!!」
一番近くに立っていたテディに袋を押しつけ、サランはがばっとその場に……土下座した。
「すみません! 私、私がきちんと姉様にお話ししなかったために、このような……」
「お、おい! 滅多なことしないでくれ!」
女性に土下座させるなんて、フォルセスの貴族として失格だ。ただでさえ、女性を敬う精神の強い国なのに。とりあえず、床に手を突くサランの両腕を引き上げて再び、立ち上がらせた。
「落ち着いてくれ。それに、サランが昨日言ったことは気にしなくていいんだ。俺も、おまえに頼りすぎたみたいだし……」
「そ、そんなこと!」
ぶんぶんと勢いよく頭を左右に振るサラン。長い髪が鞭のようにうねって、俺の両頬をばしばしと引っぱたく。
「私、本当に意気地なしで……アーク様には偉そうに言っておきながら、姉様のお使いを優先させてしまって……」
「だから、それはもういいんだ……」
だが、トランス状態のサランの耳には届かなかったようだ。自分の失態を恥じる余り、顔を真っ赤に染めてサランは涙目で訴える。
「私が、ちゃんと言っていれば! ちゃんと言わなかったから、アーク様が……師匠と結婚せねばならなくなったのでしょう!」
再び止まる、空気。「え?」という吹き出しが六人分、この部屋に現れたように、俺には見えた。
俺たちの無言の訴えにも気付かないのか、サランは勘違い爆発のまま悲しげに鼻をすする。
「ごめんなさい……アーク様はお優しいから。私たちを傷つけまいと、師匠と結婚することを決められたのですね……」
「……は?」
「いえ、私、アーク様が決められたのならば止めません。その、私はそういう趣向にあまり詳しくないので、何とも言えませんが……」
「趣向って……待ってくれ、サラン」
「でも、これで場が丸く収まるなら、私は何も申しません。元々、私の不祥事でアーク様に過酷な判断をさせてしまったのでしょう」
「や、俺の判断じゃないから……」
「ごめんなさい……アーク様のお力になれず……」
そして、俺の声に一切耳を貸さないまま、ぼけっとしていたテディから再び例の袋を受け取り、さっと俺に差し出す。
「さあ、このネックレスをどうぞ! は、花嫁に贈る誓いの品物です!」
いや、「どうぞ!」と言われても。
それとも何? このネックレスをジジイに贈れっての? え? 何その罰ゲーム? いじめ? 新手の嫌がらせ?
だが、残念ながらサランの眼差しは真剣そのものだった。俺の胸へ差し出すネックレスの袋は、小刻みに震えている。
「わ、私は……アーク様と師匠の幸せを祝福いたしますっ!」
……いや、だから違うから。
仕方ない。両腕をピンと張って袋を差し出すサランの腕を折り、袋をサランの方へ押し戻させる。
「……なあ、サラン。おまえ、なんだかすごーく勘違いしてるみたいだぞ」
「……へ?」
「あのな。どうして俺がこんな枯れたクソじじいと結婚しようって言い出すんだ? 昨日までグダグダ言ってた俺だぞ? 美人姉妹五人ですら悩みものだったのに、何を思って男同士結婚しようって発想が出てくるんだ?」
真っ向から否定されるとは思っていなかったのか、サランはぱくぱくと意味もなく口を開閉させ、戸惑いの眼差しで俺をじっと見つめてくる。
「え、と……それ、は……」
「……この騒ぎをいつから見ていたんかは知らないが、俺がジジイを選んだと思ってるなら、それは勘違い。テディのいたずらに乗せられただけだよ」
「姉様の……?」
不可解な視線を姉に寄越すサラン。さすがに居たたまれなくなったのか、一歩後退してもじもじと胸の前で両手をいじるテディ。
「う……その……ごめんね、サラン。公子様がうにょうにょしてるからつい、からかいのつもりで折衷案を出しただけであって……」
「でもって、ジジイやシャリーたちも便乗してきてな……」
サランの視線が横にずれる。ジジイはとっさに、テーブルに置いていた新聞で顔をガード。ユイは表情一つ変えず、相変わらず忙しなくペンを動かしている、が。動いているだけで何もボードに書かれていない。つまりは、書いているふり。シャリーとリンリンも、さすがに自分の非を認めるのか、申し訳なさそうに体を小さくさせる。
「……あの、ごめんなさい、サラン。師匠の演技がつい、ツボに入ってしまって……」
「ごめーん……まさか見られてるとは思わなかったのよー……」
全面的に謝られたためか、サランはほうっと息をついて安堵の表情を浮かべた。ということは……サランは本当に、そっち系の趣味を持っていなかったようだ。うん、よかったよかった。




