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「イデンシとかよく分かんないしー。つまりはこれといった理由がないんでしょ? 言い逃れじゃん!」
かわいい顔をしていながら手厳しいことを言ってくれるテディ。いつもは陽気ににこにこしている彼女だが、今は三白眼で俺をにらみ上げ、落ち着かなさげにイスの前足と後ろ足とでガタガタ鳴らせている。
上目遣いってのは興奮するモンらしいが、この状況じゃ興奮もクソもない。むしろ、脅され責められなじられているんだから。
「そ、そりゃそうかもしれないが……要は、姉妹五人を引き離さず、かつ皆が納得できるような結末をはじき出したいんだよ」
「そりゃ分かるよ。で、どうすればいいのさ」
やはり容赦ない。さて、どう言い返そうかとわずかに目線を反らした俺だが……。
「……あっ! はいはい、分かった!」
なぜか元気よく挙手したのは、質問者たるテディ。いたずらを思いついた子どものごとく、キラッキラの笑顔でぴんと右手を高く挙げている。
「あたし、いい案思いついた!」
「……はい、どうぞ。ヒューイ嬢」
「誰か一人だけ選ぼうってのが間違いだったんだよ!」
テーブルに両手をつき、俺やジジイ、姉たちを交互に見ながらテディは満面の笑顔で発言する。
「ほら、フォルセスは重婚こそ認められないけど、恋人や婚約者の数は規制されないでしょ? だから、あたしたち五人全員で公子様のところに嫁ぐ、なんてどうよ!」
……。
いや、どうよと言われても……。
面食らったのは姉たちもだった。一様に驚愕の表情を浮かべ、おずおずとテディの手に自分の手を重ね、代表してシャリーが反論する。
「ええとですね、テディ。いくら婚約者の数が限定されていないとはいえ、複数の女性と結婚の約束をするのは、社会でもあまりいい顔をされなくて……」
「えー、だめなの?」
「だめと言いますか……体裁の問題ですよ」
確かに、その発想には拍手を送りたい。まさか五人全員俺の嫁! なんて俺だって思いもしなかった。
長女に諭されてはぐうの音も出ないんだろうが、すぐにテディはまた表情を明るくし、再びきちっと挙手した。
「はいはーい! それじゃ、こんなのはどうよ、公子様!」
「……今度は何だよ」
「これはすっごいいい案だよ! あたしたちバラバラにならなくていいし、この家から離れなくてもいい。それでありながら、公子様はちゃーんと、この家から結婚相手を選ぶことになるの!」
……ほう? そんな方法があるなら、是非ともお目に掛かりたいものだが……。
「どうよ? 聞いてみたい?」
ずいっと俺の方に上半身を傾けて詰め寄るテディ。そんな彼女を軽く手で押さえながら、俺は素直に頷いた。
「そうだな。内容によっては有難くその案を受け入れることにしよう」
「よしきた!」
テディは体を引き、俺の片手を左手で掴み、右手で……さっきから一言も発しない、じいさんの手を取った。
「公子様が師匠と結婚すればいいんだよ! これで一件落着!」
……はい?
二人分の手が問答無用で、握り合わされた。
時間が止まる。俺の右手の中には、萎びたナスのようなじいさんの手が。世間一般で言う、「恋人繋ぎ」状態で握り合わせられている。
ひとつ、ふたつ、呼吸を置いて……。
「………っておい!?」
熱い鍋に触ったとき同様に、反射の速さで手を引き抜こうとするが……残念、俺の力では到底、テディの鋼のような握力には敵わなかった。指先こそぴくぴく動かせるが、どうにもじいさんの手を引き剥がすことはできない。
「じ、冗談はよせ! 何が悲しくてこんな枯れ木と!」
「でもー、こうすれば丸く収まるんだよー」
嫌みや邪気の全くない笑顔でそうのたまい、ますます俺とジジイの手の結束を強めるべく、手に力を入れる悪魔……もとい、テディ。
「あれ、別に師匠と結婚しちゃいけなくないでしょ? 男同士でも」
「やめてくれーーーーーー!」
考えただけでぞっとする! というかこれって一応男女の恋愛ものの小説だろ!? 何で俺がジジイと……おええぇっ……。
「手を離せ! こんな奴と結婚するくらいなら舌噛んで死んだ方がましだ!」
「またまた、照れちゃってー」
「照れじゃない! 拒絶だ! 断固、拒否だ!!!」
ぎりっと唇を引き結んで目の前のジジイを睨む。ジジイもしばらく現が抜けたようにぼけーっとしていたが……。徐に、ふっと悩ましげなため息をついた。俺の体中の毛という毛がぞわっと逆立つ。
「……この青二才が。老人をからかうモンじゃない」
「……いや、だからこれはテディのいたずらで……」
「……わしを選ぶとは、貴様も隅に置けんのぅ……」
「ちょっと待て!」
なぜか恥ずかしげに身をくねらせるジジイ。きもい、きもすぎるぞてめぇ! というか何でこういうときに限ってテディのおふざけに悪ノリするんだ!!
「冗談じゃねぇ! 俺はそういう趣味はもってねぇ! 結婚するなら女じゃなきゃ嫌だーーーー!」
自分でも何言ってんのか分かんない。とにかく拒否拒否拒否!
俺は一人ラスボス戦闘中だってのに、シャリーとリンリンは顔を突き合わせて肩を震わせつつ爆笑してやがる。リンリンなんかテーブルを拳でばしばし叩いてる。ちくしょ、人の不幸を見るのが楽しいってのか……!?
ユイに至っては、ものすごい速さでクリップボードに事の顛末を書き込んでいる。俺のジジイのイラストも描いているらしく、ペンの動きから人の輪郭や体もスケッチしているようだ。だが、ユイの目は死んだ魚のように生気が無く、無機質。「私はこのような趣向は持ち合わせておらず、アーク殿と師匠の様子は非常にきもいのですが、研究のため致し方なく」とその目は語っていた。観察する前に止めてくれよ、イライザ嬢……。
誰一人として味方してくれず、手の中には手触りの悪すぎるジジイの手があるしで発狂寸前の、俺。こうなったら暴れ出すしかないかなー、とどこか心の片隅で考えてさえ、いた。
けど。
わずかに開かれたキッチンのドア。その隙間からこちらを伺う一対の目と、視線がぶつかった。




