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「それで? レッセーのイデンシを持つアーク君は未来の花嫁を決めたの?」
イスに逆向きに乗り、背もたれにでかい胸を乗っける形でリンリンがもののズバリ問うてきた。ユイの講義で半分忘れかけていたことをほじくり返され、思わず顔の筋肉がぴくりと震えた。
……やっぱ、こういう展開になるよなぁ……。
他の姉妹やジジイもこの本題には乗り気らしく、自分たちの手を止めてじっと、こっちを値踏みするような目で見つめてきた。
「そうじゃそうじゃ。そもそもそのために貴様はここで七日間過ごしたんじゃろう」
わしってすごーい、とばかりに胸を張ってさらに俺を追いつめるじじい。こいつ、昨夜の出来事を本当に覚えてないんじゃないのか。
「わしの五人の弟子たちは皆、美人で才能溢れておろう。きっと、どの娘を嫁に迎えようか悩みまくってることじゃろうて」
……うんまあ、悩んでるってことは間違ってはないんだけど。誰を嫁に選ぶかっていうより、どうやってこの場を気に抜けようかってことになるんだが……。
やはり、昨夜サランに前面任せっきりにしたのもまずかった。俺の方から昨日のうちに物申していれば、もうちょっと展開は違っただろうに……。
疑うような眼差しでにらみつけてくるじいさん。それとは逆に、わくわくと好奇心いっぱいの眼差しで見つめてくる四人娘。
……さて、俺はどうすればいいんでしょう?
① サランが帰ってくるまでなんとか粘る
② 「ごめんなさい、誰も選べません」と土下座する
③ 隙を見て逃げだす
④ 誰でもいいから適当に一人選ぶ
④は……ないな。人間として終わってる。ジジイに百殴りされるな。
①も……待ったからといって事態が好転するとは思えない。むしろ、伸ばせば伸ばすほど悪化しそうな予感が……。
③も……後が怖い。というか、逃げ切るのは無理だな。
②しかないよな……土下座はともかく、やんわりと場を凌がなければ……。
こほんと、一つ咳払い。俺の態度が変わったのを察してか、しどけなくイスの背もたれに顎を乗っけていたリンリンもイスを回転させ、正しい位置でちょこんと腰掛けた。
「……この七日間、シャリーたちには本当に世話になった。毎日、俺のために飯を作ってくれたり洗濯してくれたり、自分の生い立ちを話してくれたりと、嬉しかった」
ん? じいさんはどうなんだって? 無視無視。今も俺の方を険悪な眼差しでにらみ上げているが、全無視。
「皆、俺が貰うにはもったいないくらいの女性だと思う。五人ともすごく個性があって、どちらかというと俺も振り回される側だったと思うが……毎日楽しかったと思っている」
それを聞いて安心したのか、四人はほっと安堵の吐息を吐き出した。昨夜ジジイに対して吐いた暴言の内容を思うと罪悪感を感じなくもないが、幸いシャリーたちはそのことを知らない。ジジイも、余計な口出しはしないことだろう。
「だからこそ……皆には申し訳ないが、五人の中で誰か一人を選ぶなんて、俺にはできない。一緒に生活していれば楽しいが、それが夫婦となると……俺の家で貴族として暮らすとなると、状況は全く違うだろう。ジジ……タローに強制されたこともあるんだが、やはり結婚相手を今すぐ選ぶことはできそうにないんだ」
ちょっと卑怯だとは思うが……こっちを真摯な眼差しでじっと見るシャリーに目線を送る。
「皆、もし俺の妻になってもよろしくやっていけると言ってくれたよな。でも、貴族の生活も楽じゃない。今のように、五人姉妹揃って薬作ったり勉強したり、庭で作業したりってのもできなくなるだろう」
これは俺の本心でもあった。五人の仲のよさは、この数日間だけでもよく分かった。だからこそ、選ばれた一人だけが姉妹から引き離されるのは心が痛むんだ。
貴族生活の苦しさに心当たりがあるシャリーはわずかに顔をしかめ、細い指先で自分の唇をなぞった。
「……確かに。私はともかく、ユイやサランなどに窮屈な生活をさせるのは、姉として歓迎できませんね……」
「豪華な生活もいいけど、姉様たちに会えなくなるのは困るかも」
妹のかわいさも自覚している長女と次女は互いに顔を見合わせて難しそうな顔。自分が嫁ぐ場合のことは予想できていても、かわいがっている妹たちが未知の場所へ追いやられるのは心苦しいんだろう。
むー、とテディは唸って膨らませた両頬に手を添えて俺を上目遣いで見上げる。
「じゃあ、どうするつもりなのー? 誰も娶らずに逃げようってのー?」
うっ、つまりはそういうことではあるんだが……。
ユイも、追い打ちを掛けるように幾分厳しい口調で言う。
「アーク殿の主張も尤もです。しかし、私の耳には言い訳にしか聞こえません。もっと、こちらが全員納得できるような理由を言っていただかなければ、ただ敗走しているだけと見なすのですが」
理由……うーん……ユイには情緒的な理由付けは効果が薄いんだな……。
「それじゃあ……何だ、俺と結婚すると、おまえの子どもに『興奮すると床を転がり回る』遺伝子の優性が引き継がれる可能性がある、って言えばいいのか?」
ちょっと場の雰囲気を和らげようと思ってのジョークだったんだが……まさかの効果覿面。はっと、目が醒めたかのように細い目を見開いて胸に手を遣るユイ。
「その可能性は失念しておりました。なるほど……たとえaaとaa同士だとしても、片方のaa遺伝子系図内にAの要素があった場合、先祖返りもしくは隔世遺伝して私たちの子どもにもA遺伝子が現れる可能性が……。むむむ、自分の子が優性『興奮すると床を転がり回る』遺伝子を引き継ぐとなると……うーむ……」
と、ぶつぶつつぶやきながら、大切な場面にも限らずクリップボードを取り出してしまった。おいおい、まさか今ので納得できたのか……?
だが、まだ厄介な人物の説得が残っていた。




