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「まあ、まあ。サランはもうしばらくしたら帰ってくることですし、ご飯でも食べて待っていましょう」
がっくりうなだれる俺の心情を察してか察していないのか、励ますように俺の肩にぽんと手を置き、スープ鉢をテーブルに置いた。
「さあ、召し上がれ。今日はコーンクリームスープと焼きたてチーズパンです」
やっほう! とテディが歓声を上げる、が……。
コーンクリームスープと題打たれたモノは、いわゆる「毒の沼地」。これが敷きつめられたところを歩けば、一歩ごとにHPがゴリゴリ削られていきそうな色合い。さっき火から下ろしたばかりだからか、こぽこぽと沸騰している姿はまさに沼地。そのくせ粘着質らしく、テディが嬉々としてスプーンですくってみると、まるで粘土か溶けかけた金属かのようにねとーっと糸を引いて持ち上がる。これがスープではなく、新種の金属だと言われた方が、まだマシだったかもしれない。だってこれを食わされるんだぞ?
で、チーズパンってのも……いわゆる失敗作だな。真っ黒。黒い石を丸いマンジュー形に研いだ感じ。黒くて、つやっとしていて、丸い。これに目ん玉を描き入れたらなかなかかわいいキャラクターになりそうだ。だが、これを食わされるんだ。観賞用でも愛玩用でもない、食用なんだ。
「さあ、今日もフォルセスの神々に感謝していただきましょう」
六人分にスープ(?)とパン(?)をよそい、きちんと祈りを捧げるシャリーたち。隣のじいさんも渋々ながら新聞を畳み、もごもごと口の中で祈りの言葉を口にしている。
あっ、ひょっとしてじいさんがむっつりしていたのは昨日のこともあるが、何よりシャリーの爆裂料理を食わねばならないからだった、とか?
この期に及んでちょっとだけ、じいさんへの好感度が上がった気がした。
この数日間で俺の胃の細胞も突然変異を起こしたらしい。相変わらずえげつない味だったが、ぶっ倒れることだけは免れた。吐き戻しそうになりながらも完食できたし、とりあえず下すこともなさそうだ。人間ってすごいな。いざとなればどんな環境にも適応できるよう体の作りを組み替えることができるんだもんな、うん。
ジジイも今日ばかりは倒れるわけにはいかなかったんだろう。青い顔ではあるが、グッと吐き気をこらえて黙り込んでいた。
「しかしサラン、なかなか帰ってこないねぇ……」
イスの後ろ足二本立ちしながらテディが呟いたため、他の姉妹も互いに顔を見合わせた。
「そうねぇ……そろそろ帰ってくるかと思ったんだけど」
「宝石屋で時間を食っているのでしょうか」
「あり得ますね。あのお店の職人さん、腕はいいのですがちょっと時間にルーズなところがある方なので……」
「でも、早いとこ公子様は帰らないといけないんでしょー?」
四人の目が俺に注がれたため、仕方なく頷く。
「……そうだな。親父たちには伝令が飛んでいるんだろうが、速いことに越したことはないだろう。あの両親のことだ。朝から奇声を上げながら屋敷中を転がり回ってるだろうな」
「まあ、ご両親はそのようなご趣味をお持ちでしたのね」
「……いや、趣味というか性癖というか……」
特に考えなしでの発言だったが、意外なほど食いついてきたのはもちろん、ユイ。さっと、俺の方を向いて興味深げに眼鏡を輝かせた。
「ということは、この原理でいくとアーク殿も興奮すると床を転がり回る体質なのですね」
「なぜそうなる」
「遺伝子の構成上、そうなる可能性が非常に高いのです」
くいっと眼鏡を指で押し上げ、ユイはいつも通りの機械的な口調で続ける。
「仮に、ご両親がお持ちになっている『興奮すると床を転がり回る』遺伝子をAとします。Aはaよりも強く、Aが少しでも含まれていると先述の遺伝要素を持ち合わせることになります。ご両親が共に優性『興奮すると床を転がり回る』遺伝子を持つということは、ご両親の遺伝子型はAaかAAのどちらか。無論、両方がAA、もしくはAAとAa一人ずつの場合は、子どもは必ずAの要素を持つため、アーク殿にも優性『興奮すると床を転がり回る』遺伝子が受け継がれます。逆に両親共にAaの場合、四分の一の確率で子どもはaaの形を受け継ぎます。しかしこの一週間アーク殿を観察した結果、アーク殿には『興奮すると床を転がり回る』傾向が一切見られませんでした。よってアーク殿は『興奮すると床を転がり回る』遺伝子に関しては劣性のaaであり、ご両親は共にAaを保持していることになります」
……えーっと……遺伝の法則、だっけ? なんか、学校で習ったような気はするんだけど……。
「……あのさ、ユイ……」
「しかしこれはあくまでも、『興奮すると床を転がり回る』遺伝子を完全優性と仮定した場合。この遺伝子が不完全優性である場合など、正確な遺伝率が割り出せない可能性が高く存在します。優性でも劣性もない、中間性質のもの、全く違った型のものなど、一口には遺伝子型を言い切ることはできません。完全優性であった場合、アーク殿が劣性になる可能性は二十五パーセント。これは決して高い数値とは言えないため、不完全優性である可能性も十分にあり得ると、私は考えております」
「……ここまで考えられるおまえがすごいよ」
本当に、こいつの好奇心はどこで発揮されるか分からん。さっきの遺伝の知識だって、俺も記憶の彼方に追いやっていたくらいなのに。
ちなみにユイの解説を受けた他の姉妹は一様にきょとんとしていた。「ユーセイってなに? なんだか卑猥な響きね」とのたまうリンリン。「ユイは本当に賢い子ですね」と内容には全く触れないシャリー。「イデンシ? なにそれおいしいの」状態なテディ。
当の本人ユイはいまいち反応が薄いのにもかかわらず、自分の論説が立てられたことで満足したのだろう、上機嫌で例のクリップボードに何か書き込んでいた。




