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その後、たっぷりあったラ・マーヴァーのボトルは一滴残さず空になり、後片づけ役のサランを残してその場はお開き。「明日はよろしく!」などと一人一人俺に声を掛けてさっさと上に上がってしまった。
キッチンに残ったのは、俺と、グラスを片づけているサランと、あと……眠りこけたジジイ。
「……なあ、じいさんどうしようか?」
くかーくかーと幸せそうな寝息を立てるじいさんを示しながら問うてみると、サランもその存在を思い出したらしく、振り返ってあらま、と声を上げた。
「そうでしたね。では、後で部屋に連れて上がりますね」
「連れて上がるって……サランが?」
「ええ。だって姉様は皆、上がられてしまったでしょう」
と言ってすぐ背を向けるサラン。七人分のグラスを洗うべく、スポンジに洗剤を付けていた。
……ここで「はいそうですか」と俺も上がってしまうのは……いただけないよな。
「俺がじいさんを運ぶよ」
よくも考えず、そう口にしていた。予想通り、サランはぎょっとして振り返って勢いよく首を横に振った。
「い、いえいえ、そんなつもりで言ったのでは……! それに、お客様にそんなことさせられません!」
本当に、俺をお客様だと思ってくれてるのはサランだけだな。ま、それはいいとして。
「でも、この枯れ木みたいなじいさんといえどサランの力だと背負うのも難しいだろう。俺に任せてくれ」
どんと、胸を叩いてそう申し出る。サランは水を止め、しばらく俺とじいさんを見比べて……ためらいがちに、頷いた。
「……分かりました。では、お願いします。あっ、師匠の部屋は二階の一番奥です」
「分かった」
洗い物をするサランの気を煩わせないよう、静かにじいさんの体を起こさせて腕を俺の方に回す。そのまま引き上げようとしたんだが……くっ、意外と重い。こりゃ、背負うより引きずった方が楽かもしれないな。
だが、ここの家の階段はかなり軋むし段差も高い。さすがに、引きずり回していたらじいさんのすねを階段でぶちつけることになる。
酒臭いじいさんを引っ張り上げ、自分の背中に乗せる。背負うよりは乗せる、だ。流しに向かうサランをちらと見やってから、そっとキッチンのドアを押し開けた。
……というか、シャリーたちも少しは手伝ってくれりゃあいいのに。とりわけテディ! あいつは俺も軽々と持ち上げられるらしいし、俺より小柄で細身のジジイなら簡単に担げるだろう!
……いや、ひょっとしてサランを見かねて俺が助け船を出すと見越して、敢えて放置したのかもしれない。くっ、だとしたら俺、見事にあいつらの思惑通りに動いてしまったんだな……。
明かりの乏しい廊下を渡り、ギシギシ板が音を立てる階段を上り、二階の隅っこにあるじいさんの部屋へ。鍵は、かかっていない。
思いの外、部屋の中は整理整頓されていた。無駄なものも少なく、夕闇の中でも私物がほとんど見あたらないのが分かった。これだけきちんとできるなら、廊下も整理すればいいのにな。
さっきからムニャムニャやかましい背中の物体を簡素なベッドに放り投げ、ぱんぱんと上着を軽くはたく。偶然にもじいさんは俯せになる形でベッドにダイブしているが、無視無視。
俺もそろそろ休もうかとジジイに背を向け、ドアを開けようとしたら。
「……なんじゃ、貴様か。道理でサランにしてはかったい背中だと思ったわい」
不満げな、かすれた声がかかってきた。振り返ると、ベッドに突っ伏したままのじいさんが。起きてるなら体勢変えろよ。というか、ここまで運ばせるな。
「……なんだよ。運んでやっただけありがたく思えよ」
「ふん、相変わらず口の減らんボンボンじゃ。少しは老人をいたわる心を持たんかい」
「これが俺の精一杯のいたわりだ。無い物ねだりをするな」
「居候の分際でたいそうな口を叩くのぉ」
そう、小馬鹿にしたように言われて……さすがに、カチンときた。
「何だよ! そもそも、おまえが無理難題を押しつけて俺をここに留まらせたんだろう!」
礼儀も何も忘れ、ツカツカとじいさんに歩み寄る。やはり俯せになっているから、その後頭部に怒鳴りつけてやる。
「責任取れだの、猶予を与えるだの! こっちとしてはいい迷惑なんだ!」
「おー、そうかいそうかい。美女五人と暮らせられて、本当は嬉しかったんじゃろう?」
「そ、それとこれとは別だ!」
確かに嬉しかったよ。嬉しいけど!
「おまえも自分の弟子を蔑ろにしてるんじゃないのか! よくも知らない男に弟子を簡単に嫁にやるなんて言って、軽率すぎるだろう!」
これは俺がずっと思っていたことでもある。だって、あまりにも不自然すぎるだろう!
「何が居候だ! 俺としては便所を借りただけでここをお暇するつもりだったんだからな! 厄介ごとに巻き込まれた俺の身にもなれよ!」
ジジイは返事をしない。一瞬、息が詰まって窒息したのかとも思ったが、俺のものではない、かすかな呼吸の音が聞こえてきたので、ただ黙っているだけのようだ。
ああ、胸がむかむかする! ジジイに再び背を向け、俺はあいさつもそこそこ、開け放たれたままのドアをくぐり、ばんと後ろ手に閉めた。無礼な行為だとは分かっていたが、どうしても胸の内がすっきりしなかった。




