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乾杯をし、グラスに口を付けている間も四方八方から「明日は頑張れよー」だの「ちゃんと嫁を選ぶのよ!」だの「一体誰がアーク殿の花嫁になるのでしょうね」だの、好き勝手な言葉が飛び交っていた。やけにご機嫌なシャリーたち。明日、一体どういう展開を迎えるのか俺にも分からないのに、不安すら感じさせない笑顔で皆、グラスを傾ける。
うむ、さすがフォルセス一の名酒。一口口に含むだけで甘さが口内に広がり、喉越しもすっきり。安い酒にありがちな、むせるようなきつい後味もない。酒の苦手な女性にはもちろん、これは男でも十分いけるな。ありがたや、ありがたや。
「もし公子様に選ばれたら、すぐに挙式なのー?」
とんでもないことをテディから質問され、俺はグラスを置いて唇を拭った。
「まさか。そんな簡単にはいかないだろう」
「貴族の結婚って大変なのよねー」
さすが、貴族出の者は結婚の重さも理解しているんだろう、うんうんと頷くシャリーとリンリン。
「諸侯の挨拶も要るし、手続きや結婚許可の申請、領内への報告とか……」
「平民同士の結婚のように、上への申請のみでは終わらないのですよね」
やれやれ、とばかりに肩をすくめるフォルセスの子爵令嬢と、リャンシの王女様。高貴な身だからこそ、感じる苦痛や苦労ってのもこの二人はよく分かってるんだろうな。
かといって他の者も身に覚えはあるんだろう。ユイだってフォルセス城勤めの両親を持つぐらいだから、政略結婚だの裏事情だのを耳にすることだってあるだろう。テディも、なかなか厄介な家で生まれ育ったのだから、自由な結婚ができない親族の様子を見ることもあるんじゃないか。
あっ、その理屈でいくとサランだけ無縁だった。両手でグラスを持ち、居心地悪げにきょときょとと姉を順に見渡していた。
視線に気づいたんだろう、シャリーがおっとりとサランに声を掛けた。
「貴族の結婚式は下準備から式の用意、参列者への招待状に挙式後の事務処理、それと……ああ、苦情や要請のお手紙の始末もありますね」
「苦情や要請?」
オウム返しに問うサランだが、珍しくシャリーは口ごもった。自分で話題を振っておきながら、いざ問われると答えに窮している、って感じだ。
助け船を出したのは、驚いたことにユイだった。七人の中で一番酒を飲むスピードの遅いユイ(よく味わっているみたいだ)は少し表情を硬くして妹を見つめる。
「苦情は、例えば自分の娘を結婚相手に選ばれなかった諸侯からの八つ当たりです。時にはご丁寧に奥方宛にして、刃物や粉末の毒薬を送り込むことさえあります。そういう場合は匿名なので貴族側もどうしようもないんですよ。いくらある程度の見当が付いたとしても、冤罪扱いされてはたまりません。たいてい、嫌がらせの手紙は上位の貴族から下位の貴族に送られます。自分より立場が上の諸侯を告訴するのは危険を伴います」
「確かに……例え正当な理由があっても言いくるめられたり、身分を盾にして覆される可能性も高いですね……」
納得したように頷くサラン。それから、とユイは続ける。
「要請ですが……これは親族や親しい間柄にある者から送られることが多いです。いわゆる、嫡男要望ですね」
「ちゃくなん?」
聞き慣れない単語なんだろう、サランは小首を傾げた。
「嫡男は、その家の正当な婚姻によって結ばれた夫婦間に生まれた男子のことです。現在のフォルセスでは男子後継者の存在を強く求められています。そのため、貴族が結婚するならまず当初の達成目標は嫡男を生み出すことなのです」
「うちの故郷みたいに、女性の地位が低い所ではそれこそ、嫡男を生まない夫人は不良品扱いされるんだよ」
いつになく機嫌悪く、テディも口を挟む。
「んま、こちらにいらっしゃる高貴な公子様はそんなことしないだろうけど……ねぇ?」
突如話を振られたが、いずれ俺もこの話題に引き込まれるだろうと覚悟していたから、すぐに頷いた。
「当たり前だろ。うちの両親も、こっちが呆れるくらいべったべたのラブラブなんだ。俺が嫁を邪険に扱おうものなら、俺の方が勘当されちまう」
「そう、ならよかったわ」
リンリンもさっきまで硬かった表情を崩し、ぐいっとグラスに残っていたワインを一気に喉に流し込んだ。本当に、こいつの中でのラ・マーヴァーはそこらの酒と同レベルなのかもな。
「これならどの姉妹を選ばれても私も満足だわぁ。あ、それとも私が花嫁になったげようか?」
「……いや、そんなアピールされても困るんだが……」
「そうですわ、リンリン。抜け駆けは美しくありませんわ」
「やはりここは正当にアーク殿の判断に委ねるのが妥当でしょう」
「そうだよ姉様ー。バストのサイズで選ばれるわけじゃないんだからー」
「あらま、言ってくれるわね、テディ!」
やはり好き勝手言い放題の姉妹達。ジジイはもう、酔いが回ったんだろう。色っぽい会話を繰り広げる弟子も何のその、テーブルにほおを押しつけて気持ちよさげにぐうぐう眠りこけていた。ちっ、いい身分だよな、本当に。
その後も、不毛な会話がきゃっきゃっと続けられるのだが、その間俺は席を外そうにもはずせない状況だったし、何より……あれからずっと黙ったままのサランの方が、気になっていた。




