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「なあ、サラン」
後ろ手に扉を閉めたサランに声を掛けると、びくりとその背が震えた。やっぱり、まだ怒ってるんだろうかと、反応を伺ってみるとサランはこわごわと目線を上げた。自然と、上目遣いになっている。
「あ、の……」
「……ごめん、やっぱり腹立ってるよな?」
確認の意味も込めてそう問うと、サランは質問の意味が分からなかったのか、しばらく黙り込み……ぶんぶんと勢いよく頭を横に振った。
「とんでもない! アーク様だって、故意ではなかったのでしょう?」
「そりゃ、そうだが……」
「ならば大丈夫です。それに、姉様方に手伝ってもらって、ちゃんと今日の分も仕上がりましたから」
ほら、とサランは腕に抱えていた茶色い物体を差し出してきた。目鼻口がついた、茶色のクマ。胸元にはちょこんと蝶ネクタイが付いているから、オスなのだろうか。
「私が一人で作ったのより、ずっときれいに仕上がったのですよ。ほら、目鼻がまっすぐ付いているでしょう?」
確かに、このクマの目と鼻はきれいな逆三角形を描いていて、その比も申し分なかった。糸のほつれや玉結びも見あたらず、かなり上手に仕上がっていると言えよう。
確か、俺が破壊する前に見た前クマは目鼻が少しずれていて、ところどころ中の糸がはみ出したり編み目が飛んでいたりしたような。それもまた愛くるしくて、俺としてはよかったんだが……。
「師匠と一緒に魔力も込めたので、これで安心して村の子どもたちに送れますね」
クマを胸に抱え、サランは無邪気に笑う。その笑顔が、どこか無理をして作り出した表情のように見えたのは、俺の気のせいか、はたまたこの暗がりのせいか。
サランはすっかりきれいになった廊下を見渡し、感嘆の声を上げた。
「すごい、床も窓もぴかぴかです! お掃除上手なのですね!」
「まあな。さっきもリンリンたちに掃除夫だの何だの言われたくらいだからな」
「すみませんでした、本当に埃まみれで……」
サランも廊下の汚さは自覚していたんだろう。足元に転がっている枯れた植物を靴の先で押しやりながら、窓枠や床板をしげしげと眺める。
あ。この際だから聞いておこう。
「……そういえば外の掃除箱にモップが入ってたんだけど」
「はい」
「……あれって、最後に誰が使った?」
「最後、ですか?」
クマその他諸々を抱え直しながら、サランは目線を横にやって考え込む。
「そうですね……確か先週、テディ姉様が厩舎の掃除をしたときに使われたのが最後かと」
「テディか!」
まあ、リンリンかテディかジジイだと見当は付いていたが、よりによって厩舎を洗ったのかよ……せめて、家用と厩舎用で掃除道具を分けてくれよ……。
「モップがどうかしましたか? 今日、モップを使ったのでは……」
「いや、かなりカビが酷かったから使わなかった。テディ、洗った後しぼったり乾かしたりせずに道具箱に戻したんだろうな……」
「ええ、またですか!?」
呆れたような、怒ったようなサランの声。両手がふさがった状態で、がっくりと肩を落とす。
「あれほど、掃除道具は大切に使うようにユイ姉様に言われているのに……実はあのモップ、今月に入って買い換えたばっかりなのです。前のも、リンリン姉様がダメにしたので」
「……やっぱリンリンか」
「はい……気合いを入れすぎて軸をポッキリ折ってしまい。あと、その前のは今回のと同じくカビが生えて……さらにその前のはカビを超越してキノコが生えてました」
「えええっ、キノコ!?」
「ええ……師匠が鑑定した結果、食用でも薬用でもないとのことで、その場で処分しましたが、まさかキノコが生えるとは誰しも思わなかったですね」
うーん……この様子からも本当に、五人姉妹の性格の違いがはっきりと見て取れるな。もし五人ともリンリンみたいだったりテディだったりすれば家中キノコまみれになりかねない。かといって全員ユイだったりしたら常に測定されたり観察されたりするだろうし、シャリーだったら毎日あのゲテモノ料理が食卓に並ぶんだろうし……。
これはこれで、いいのかもな。
「あっ、モップは後で回収しておきます。また町に行って新しいのを買い出しておきますね」
そう、さして気にした様子もなくサランは言い、キッチンのドアを肘で開けた。
あっ、紳士としてはここで先回りしてドアを開けておくべきだった。




