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目が醒めた。俺にとっては珍しい、自然な目覚め。
体を起こし、シーツを畳んで外を見てみると、まだ窓の外は薄暗く、遥かな地平線の彼方からようやく、淡い太陽の光が漏れているところだった。
昨日はテディに早朝に叩き起こされ、しかも昨夜は俺にしてはかなり早めに寝たからか、こんな時間でも自然に目が醒めた。
ベッドから降り、窓に顔を近づけてみると眼下で活発に動く金色の塊が目に入った。
薄暗い庭に明かりをともし、元気に動き回る金色の頭。テディだ。
今日も一人で早朝特訓に励んでいるんだろう。我知れず、笑みがこぼれそうになった。
と。
ぱたん、と近くでドアが開く音。ぱたぱたと軽い足音が俺の部屋の前を通り過ぎ、階段を下りていった。
テディ並みにこんな朝早くに……と思ったら、そういえば今日は五女サランの観察をする日だったと思い出した。
サランは昨日の朝も倒れている俺を発見したんだし、毎日洗濯物を洗っているようだ。ということはこれくらいの時間に起きていてもおかしくはないだろう。
服を着替え、廊下に出る。まだ灯りはついていなくて、廊下や階段も薄暗かった。
階下ではもうサランが活動しているのだろうか。水の音がしている。まだ寝ているだろう他の住人を起こさないよう、足音を忍ばせながら階下に降りる。
水音は洗面所の方からしているようだった。階下の部屋でも、ここだけは灯りがついているし、サランがいるのは間違いないだろう。朝早くから洗濯物か。本当にご苦労様としか言い様がない。
一言、朝の挨拶のついでにねぎらいの言葉でもかけよう。そう思って、がらりと洗面所の部屋のドアを開いた。
「よう、サラン…………」
サランは、いた。そこまでは俺の予想通り。だがまさか、そのサランがバスタオル一枚のみ体に巻いた姿でいるとは、思っていませんでした。
はたと、サランが俺を見る。俺も、サランをガン見する。
……あれ? どうして服着てないんだ?
かあっと、サランの顔がトマト顔負けなほど鮮やかな赤に染まる。
「な、あ、れ……?」
「サ、サラン? ど、どうして、服を着て……」
「で、で、で……」
「……え?」
「出ていってくださーーーーーい!」
地獄の底から上げるような絶叫。
唸りを上げて襲いかかる洗濯板。
どうしようもなく立ちすくむのみだった、俺。
ごいん、といい音がした。
「あっははは! そりゃあ災難だったわね、サラン!」
「笑い事じゃありませんよ、リンリン」
朝食の席で。額に巨大な瘤をこしらえた俺と、朝から機嫌のよろしくないサランから事情を聞いたリンリンは大爆笑。シャリーはたしなめるものの、俺の顔を見てはプッとこらえきれずに吹き出していた。
「サランが朝風呂に入るところを目撃してしまって、洗濯板を投げられた! あはははは! やるじゃん、シャイボーイ!」
「へえ、公子様ってラッキースケベだったんだね」
だから、違うって!
ちなみに俺はユイによって頭を固定され、どこからともなく取り出された巻き尺によって瘤の直径と高さを計測させられている。一体これが何の研究データになるのか、俺には分からないのだが。
「朝からいいモン見たでしょ、よかったわねー」
「……や、幸運にもタオルは巻いていたから」
「そーゆーときは『不幸にも』って言うのよ」
「……姉様」
姉たちの勝手な言い分に耐えかねたのか、サランがお玉片手に振り返った。俺の方は、見ない。
「私にも非があったんです。誰も来ないと思いこんで、鍵を掛けていなかったので。公子様を責めないでください」
「あら、責めてるわけじゃないわよ?」
リンリンはけろっとして言い返す。
サランはあの時、思わず手近にあった洗濯板を掴み、こっちに投げてしまったらしい。もちろん、当てる気はなかったんだと。
だが、洗濯板の角は見事俺のデコに命中。俺は一撃で昏倒するし、サランの絶叫を聞きつけて全員起き出すし、外で訓練していたテディは不審者かと思って剣を持ったまま上がりこんでくるし。タオルを体に巻いてへたり込むサランと、洗面所の入り口で仰向けに倒れる俺を見て全員、同じことを思ったそうだ。
こいつはやはり、危険人物だったと。
「妙な言いがかりを付けるな!」
「そんなことないってー。だいたい、公子様も自分が悪いとは思っているんでしょー?」
なじるようにテディに詰め寄られ、俺は言葉に詰まる。確かに、ノックの一つくらいすべきだっただろうし、すぐに洗面所から出るのが紳士の気遣いであったとは言える。
「……いえ、お気になさらず。それに、洗濯板を投げてしまったのは私ですし……」
いい香りに炒められたベーコンを皿に移し、サランは申し訳なさそうに俺を見る。
「ごめんなさい、アーク様……痛かったでしょう?」
「……まあな」
ま、これくらいは当然の応酬だと割り切れるが。というかユイ、そろそろ計測を止めてくれ。
「ふむ……これはかなり立派な瘤ですね。アーク殿の麗しい容姿が台無しです」
感動した口調でユイは言い、巻き尺をシャッとしまって愛用のクリップボードを取り出す。
「いい研究データが得られました。ご協力ありがとうございます」
「……俺は何も協力していないけど」
「今日からシャイボーイからラッキースケベって呼ぼうかしら」
「やめてくれ」
今日も、波乱の一日を迎えそうだった。
……迎えそうだと、思っていた。




