閑話休題〜魔術師の五女編〜
蹄の音が聞こえてきます。馬のいななきと、テディ姉様の声も。
師匠は私に、昨日学習した内容をもう一度教えて下さった後、姉様たちの様子を見に階下へ降りられました。だから、この二階の自室には、私一人。
古文書から顔を上げて窓の外を見てみると、ちょうど、馬二頭が木立の中をくぐって庭に入ってきたところでした。ああ、姉様が帰ってこられました……と思いきや、姉様は酷く慌てた様子です。
あら? 姉様はご自分の馬の手綱と、もう一頭の手綱も持たれています。
くるりと、姉様が振り返って私とばっちり目が合いました。
「あ! ちょっとちょっと、大変なことになったよ!」
窓ガラス越しでもよく響く姉様の声。窓を開けて身を乗り出すと、姉様は馬を止めてブンブンと手を振ってきました。
「どうしよ! 公子様が白目向いたまま意識飛ばしちゃったのよ!」
白目を剥いて意識を飛ばした?
ああ、さてはまた訓練したのですね……。よく見ると、姉様が引くもう片方の手綱……その馬上には、伏せるようにしてアーク様がお乗りになってます。いえ、気を失っているのであれば、乗るというより乗っかっている、が正しいのでしょうか……。ともすれば、ずるりと馬上から落ちてしまうでしょう。
とにかく、アーク様の手当をせねば。私は古文書に栞を挟み、階段を下ります。
居間に入ると、姉様は以前と同じように、アーク様を背中に背負って戻ってきました。ああ、そんな担ぎ方をしたら肩が脱臼してしまいますよ……。
「ほ、ほら! 後頭部におっきなたんこぶ作っちゃって……いや、手加減はしたんだよ!」
ソファにアーク様を寝かせ、姉様は口早に言い訳します。
「本当はもっちょっと軽くするつもりだったんだけど……公子様、本気できちゃって。こっちもついつい、火が点いたのよ……」
テディ姉様に火を付ける? それはかなり稀なことですね。姉様が試合で本気を出すことすら、めったにないんです。それだけ、アーク様は姉様が本気を出すに値する実力をお持ちだったのでしょう。
救急箱を取り出し、大きく腫れたアーク様の瘤を冷やしながら、私は姉様に、アーク様について尋ねてみました。なにせ私はまだ、アーク様とまともに話したことがありませんので。
姉様は大きな目をさらに大きくして……肩をすくめました。
「そこそこいい男だとは思うよ。聞き上手だし、まともな見解は持ってるみたい。あたしの身の上話もきちんと聞いてくれたよ」
テディ姉様も、ご自分の身分を明かされたのですね。でも、アーク様はお優しい方のようですし、テディ姉様の身の上話も誠意を持って聞かれたことでしょう。シャリー姉様たちも、アーク様のことは高く評価されてました。
でも……。
今、ソファで伏せって気を失っているアーク様を見ていると……どことなく、悲しくなってきます。アーク様も、望んでここに来たわけではないでしょう。むしろ、厄介ごとに巻き込まれたと内心思ってるのではないでしょうか……。
私に、何かできないでしょうか。アーク様のお力になれないでしょうか。
未だ意識を取り戻さないアーク様を見ながら、そう、思いました。




