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以前のように暴走されたら困りますので、と従者に言われたため、一応行き先は決めておくことにした。隣町ネッゾ。今回はここにしよう。
俺は馬の鞍に必要物資を積み、意気揚々と屋敷の門から飛び出したのであった。
久々に訪れたネッゾは楽しかった。ネッゾはうちの国での主要な宿場町で、宿屋や日常用品を売っている店が多く建ち並んでいる。俺の家がある公国都心部にも店はあるが、あっちは嗜好品や高級雑貨店、上流食事店ばかりが連立している。だから、地味でありながら物持ちのいい雑貨を売っていたり、お忍びに使えそうな服を展示している服屋が多かったりと、俺の嗜好はこちらに傾いていた。
今日も、従者を外に待たせて服の物色にいそしむ。貴族はこういうのを家族や、使用人に任せるものらしいが俺はごめんだ。うちの両親は基本的にセンスがよろしくないし、使用人に頼んだらやたら高級なものばかり勧めてくる。
外で待たせている従者には悪いが、今日のあいつらは荷物持ちに専念してもらおう。
久しぶりに大量に衣類を買い漁り、しっかり値切った、俺。値切りは地元のガキ大将に教わった。これをしてれば高い値をふっかけられる心配もないし、第一俺を貴族だと見破られる可能性も低くなる。従者にも町人服を着せているから、名前さえ呼ばれなければ俺が地主の息子だとは分からないだろう。
その後、小腹がすいたので近くの軽食店でサンドイッチを食し、もう一周町を回ろうと思っていたら。
「お言葉ですが……公爵様より、日が沈むまでに屋敷に帰ってこれるようにしろ、とご命令があったので……」
心底申し訳なさそうに若い従者が言った。くそっ、あの親父、ご機嫌そうだったがやはりガードは緩まっていなかったようだな。
まあ、今回は希望のものも買えたし、今日親父を怒らせたらそれこそ、どこぞの高飛車な貴族令嬢に嫁がされる……いや、結婚させられるやもしれない。というか、あの親父ならやりかねない。
「……分かった。おまえたちにも迷惑をかけられないし……今日のところはこの辺りにしておこうか。すまなかったな、おまえたち」
従者たちは一礼し、その中の一人……一番若い少年がにっこりと微笑んだ。
「アーク様のお付きはとても楽しいです。遠乗りも、僕だって久しぶりでしたし……もし今後、また遠乗りなさる機会があれば、ぜひ僕も連れて行ってくださいね」
名前も知らない若い従者の言葉に、俺の胸がほっと温かくなった。とんでもない両親に振り回されてばかりの俺だが、使用人には恵まれていた。というか、彼らも俺と同じく、公爵夫妻に振り回されていると言うべきか……。
とにかく、俺の充実した一日は終わろうとしていた。
……うん、ここで終わってればよかったんだ。本当に。
うっかりだった。希望のものを買えて、うまい飯を食えて、従者ともほっこりした会話を交わし……。
忘れていた。
行くのを忘れていた。
便所に。
馬に乗れば……というか、この手のものに乗れば分かるだろうが、乗馬体勢だと便所に行きたいとき、かなり苦痛なのだ。
うん、今俺はかなり言葉を選んでオブラートに包んだ言い方をしたのだが。
とにかくっ! 俺は今、猛烈に便所に行きたいのだ! ちなみに小の方だ!
飯屋で出されたドリンク……味わったことのない風味で、しかも飲み放題だったからついつい飲み過ぎた。それもまずかったのだろう。
ぽっくりぽっくり、クロウの足を限界まで遅くして走りながら、俺は懸命に考えを凝らしていた。
屋敷に帰るまでに間に合うか? きっと、馬を疾駆させれば半刻足らずで到着するだろうが、この速度だといやはや、何刻かかることやら。
だからといってこれ以上馬の速度を上げると俺の膀胱が持たないし、急がなければ……ああ、考えたくもない。
きっと俺の後方を走る従者たちは「なんでこいつとろいんだ?」「なんであんなに暗いんだ?」と疑問に思っていることであろう。何も言わずに付いてきてくれる従者よ、本当にすまない。