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「よしんば私が公子夫人になろうと、姉妹や師弟の縁が切れるわけではありません。その気になればいつでも、師匠や姉様方と会うことができるのです。それに加え、私は公子夫人という大変稀なポストを得ることになります。公子夫人なぞ、そう簡単に手に入れられる称号ではありません。今の生活に充足感を感じてはいますが、より多くの経験を積むにはまず、新しい出来事にぶつかっていくことです。テディもよく言いますが……目の前に岩があれば、ぶっ壊して進めばよいのです。目の前に激流があれば……渾身のクロールで運河を渡ればよいのです」
「そ、そうなのか?」
「アーク殿は水泳が不得意でしょうか? では、犬かきでも構いません」
「そこじゃない」
「とにかく、私個人としては公子夫人の身分に収まることも不幸ではないと考えております。なにせ、貴族としての生活を送ることができます。今の身分……魔術師見習の身では、入れなかった場所や話すこともできなかった人々と会話する権利も得られるでしょう。経験を積むことは己の身を高める行為でもあります。それに、大変興味深いサンプルのその後の様子を綿密に観察することもできます。この七日間でできることは限られています。師匠の家の敷地内のみでは得られなかった行動記録の観察や実態調査が可能になります」
「……サンプルって……俺のこと?」
「他に何がありましょうか。なにせ、今の私とアーク公子の関係は言ってしまえば、赤の他人。筋肉をさらすことさえ躊躇うような純情な心を持ったアーク公子を観察するためには、今以上に深い関係を繋ぐことが必要不可欠となります。独身から婚約者、婚約者から夫婦というようにレベルを高めていくにつれ、私の研究に幅も広がって参ります。そうですね……例えば私とアーク殿が夫婦の契りを結んだ後は、×××の××××も可能で、××××が×××の時も、私はじっくり、アーク殿を×××して××××の状態を観察することができます」
「……おまえもやっぱり、放送禁止用語族だったか……」
「何を今更。私や妹たちは皆、リンリン姉様の洗礼や教育を受けております。×××の知識を得ていることについて、何一つ驚くべき項目は見あたりません。ああ、ちなみにテディも私と同様に、×××や××××に大変深い興味を抱いております。というわけで、私がアーク殿の×××を観察できるという権利も得られるため、婚約者選びの兼に関しましては、私から不平を申し立てるつもりは一切合切存在しませんので、ご安心ください」
「……さようですか」
「さようです」
なんだか、一気に疲れた。おかしいな、俺たち、かなりシリアスな話をしていたはずなのに……この家の女は、シリアスとギャグを使い分けているのだろうか……?
いつの間にか、日はかなり傾いていた。さっきまでは目に痛いほど赤く燃えていたユイの髪も、迫る夕闇に包まれて段々と、彩度を落としていっていた。
「……ああ、悪い。今日はユイが食事当番だったな。あっという間に時間が過ぎてしまった」
「そのようですね。時間の流れというものは本当に不思議な存在です。楽しい時間ほど、早く過ぎ、嫌な時間ほど長く感じられる。今日はその摩訶不思議な体感を観察する機会も与えられましたね。ご協力ありがとうございます」
いや、俺は何もしていないけど……あれ?
「おまえ、俺と話すのが楽しかったのか?」
「まあ、そこそこ」
沈む夕日に背を向け、ユイはふいっと俺の隣を通り過ぎて、玄関ポーチに立った。
「あなたと話すのは嫌いではありません。私にとっての最重要事項は師匠や姉妹たち、その次が勉学ですが……次点に、あなたのことも入れてもよいでしょう」
「……はは、そりゃ光栄だな」
こんな性格のユイがと思えば、かなり珍しい申し出だろう。
「ありがとう、ユイ。……晩飯も期待してるよ」
「そうですか、ではこのユイ・イライザ、料理の知識をフルに稼働させた渾身の絶品料理をふるまって差し上げましょう」
「ふっ、期待してるよ」




