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講義の後、姉妹たちは三々五々散らばり、夕食までの短い休憩時間を満喫すべく、書物庫を出ていった。思いの外、素早くユイが部屋を出たため、俺も慌ててその背中を追う。
分厚い古文書テキストを小脇に抱えたユイは、家の外に向かった。意外と足の速いユイを追って俺が外に出ると、ユイはテキストを胸に抱え直し、日が沈み駆けた夕暮れの中庭に一人、佇んでいた。
「……今日もよく勉強できました」
俺が背後にいるのを知ってか、それとも俺には関係なくか、ユイは独り言のようにつぶやいた。
「勉学は私の十八番です。机に向かい、学問を吸収することは私にとっての生き甲斐です」
「……勉強が生き甲斐なのか?」
思わず、口を衝いて言葉が出てしまった。一拍後、失言だったと悟って訂正しようとしたが、くるりとユイは振り返って首を縦に振ってきた。
「おっしゃる通りで。なにせ、勉強していれば無難ですから。生きていく上での最低限のレベルを保つことができます。勉学はそれこそ、昔の私にとっては最大に重要な事項でした」
昔の、にアクセントを置くユイ。彼女の言いたいことが、分かってきた気がする。
夕暮れ時の風が吹く。暖かい風が、真っ赤に燃えるユイの髪を撫でていく。
「……今は? 今は何が大事だ?」
「その答えは、あなたもよく分かっているでしょう。それは……」
わずかに、ユイの唇の端が持ち上がる。
初めて見た、ユイの笑顔。思っていたよりずっと明るい、微笑み。
「それはアーク殿の筋肉の具合を確かめることで」
「待て」
「冗談です」
急に真顔に戻るユイ。うん、冗談だってのは分かる。だが、クソが付くほど真面目なおまえに冗談つかれる俺の気にもなってくれ。
一気に体中が疲れて肩を落としていると、再びユイはふっと、目を細めて笑った。
「私にとって一番なことは……姉様や妹、師匠と共に過ごすこと。私を変えた方々のために尽くすことです」
ユイを変えた人々。ジジイとその女弟子たち。
「皆、私に新しいもの与えてくれました。師匠は魔術の心得と、共に暮らす家を。シャリー姉様は愛情やぬくもりを。リンリン姉様は冗談を言う心のゆとりを。テディは笑顔を。サランは優しい心を……それぞれ、分け与えてくれたのです」
ユイは分かってたんだ。今までの自分がどれほど渇いた心を持っていて、寂しい日々を過ごしていたのか。この家に来るようになってどれほど、幸せだったのか。
感情がイマイチ読み取れない、ユイの緑色の目。今はその目も微かに、細められている。
でも……ばつが悪くて、俺は頭を掻き掻き言う。
「……何か悪いな。それほどここを居心地よく感じているおまえも……もし俺がおまえを嫁に選んだら、出て行かざるを得ないんだろ」
あれ? 今、ユイの目が光った?
すっと、崩しかけていた表情を引き締めてユイは真摯に頷く。
「おっしゃる通りで。ですが、あなたの婚約者になれば今以上にスリルのある生活を送れそうなので」
「ス、スリル?」
説明致しましょう、とユイはすっかりいつもの口調に戻って言う。




