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「だいたいおまえたちも、よくこんな言葉を理解できるよな」
学び始めて日の浅いテディやサランはともかく、姉弟子たちは俺が驚くくらい素早く、的確に古代語を読み解いていた。こいつら、魔術師よりも学者の方が肌に合ってるんじゃないか?
俺の内心での疑問は、ユイが解決してくれた。
「当然です。姉様方の読解能力の高さは言うまでもなく。私とて、幼少期から本に囲まれて育ちましたから」
「本に?」
本に囲まれて育ったということは、親が大量の本を買い与えてくれたってことか。
だがユイはテキストに更になにやら書き込みながら、ふるふると首を横に振った。
「本は私の親友であり、親であり、教師でもありました。物心付いたころから私は読解に長けておりまして。毎日本を相手に過ごしてきたのです」
その口調から、ただならぬ空気を感じる。まさか、と思ってユイを見てみると、ユイはふっと、霞のない目を一瞬曇らせて俺を見上げてきた。
「おそらく、想像の通りです。私は文章読解できても会話能力を持たずに育ちました。それもこれも、私の親が一切、私とコミュニケーションを取ってくれなかったためです。言葉を教えるのも、世界を教えるのも、全て本を読ませればいい。食事さえ与えれば、どんどん知識を蓄えていく。私はそんな両親の元で育ちました」
感情の薄い、ユイの声。何も映していないかのように不気味なほど澄んだ、緑の目。
こいつは、ずっと本と一緒に暮らしていたのか。
文字通り、「本がお友だち」状態で。
言葉に詰まってしまった俺を眺め、ユイは微かに目を細めた。
「ああ、そういえばあなたには言ってなかったですね。私の両親はフォルセス連合王国王立文学研究グループのメンバーでして。世界各国の文献を調査して文学を解析する、という仕事を持っています。いわゆる、同僚婚ですね」
ユイの一言に、なんとなく納得がいった。初見でユイを学者っぽいと判断した俺の目は節穴ではなかったようだ。
「それで、私が生まれてからも両親は仕事漬けの毎日で。とりあえず、書物庫に私を放置していました。遊び相手なら、そこにいくらでもいましたから」
本、という名の遊び相手が。
「ええ、おかげさまで私は学校に入ってからも成績はぶっちぎりのトップでした。二位とは天地ほどに差を付け、同級生から疎まれるほど、勉強してきました。さみしくは、なかったです。学校に親友はいませんが、私の遊び場に帰ると、たくさんの幼なじみが私を出迎えてくれたので」
古びた本、という名の幼なじみが。
「学校を卒業し、私は両親に言われるまま、王立文学研究グループに入りました。とても、静かで落ち着ける場所でした。だって、親友がたくさんいる場所で働けるのですもの」
うずたかく積まれた本、という名の親友が。
「……ではおまえは、ジジイと会うまで、王立研究所で暮らしていたのか……」
俺としては、あまり王立研究所にいい感情は抱いていない。国王陛下の許可を得て王城の敷地内に本部を構えている研究所だが、あそこの職員は何かと感情に乏しく、おまけに非協力的だった。一度、王城に不届き者が乱入して俺たち士官学生も総動員な事態が起きたのだが、国王の要請があっても研究所は不動。まさに、動かざること山の如し。すぐ脇で人々が避難し交戦してるってのに連絡一つ寄越さず、本にかじりついていたそうだ。
そんな研究所を非難する声もなくもない。特にあそこは俺たち士官学生や武官には蔑ろにされていた。 士官学校の校則に、「研究所の女と交際することを薦めず」とあった。「交際するな」じゃなくて「交際しない方がいいよ」っていう内容だ。それほど、相性が悪かったんだ。
でもって、ユイはそこの出身であると。しかもあの本の巣窟で幼少期から過ごしてきたとなると……今のユイの有様にも頷けてしまう。
「そんなおまえの元に、ジジイが来たのか……」
「うむ、各自テキストは読み込めたかの?」
俺のつぶやきは、すくっと腰を伸ばしたじいさんの声によってかき消された。あの枯れ枝みたいな体に似合わない、馬鹿でかい声だ。
「サランも一通り読めたことだし……では、全員で一度、読んでみるぞ。読めない字はなかったかの?」
俺もユイも、雑談モードから授業モードに切り替え、俺は姉妹の邪魔にならないよう一歩後退し、ユイは先ほどまでの表情から生徒の表情に変わり、俺に背を向けてジジイに向かって頷いた。
「大丈夫です。今すぐにでも暗唱できます」
「さっすがね、ユイ」
横から茶化すようにリンリンが口を挟むが……言葉はからかいを含んでいるものの、その表情は優しかった。「さすが私の妹ね」と言わんばかりの、満足げな眼差しだった。
長女のシャリーや妹たちも、尊敬の眼差しでユイを見つめていた。妬みとか、嫉妬の情は欠片も見あたらない。
「うむ、ユイは本当に優秀じゃ。シャリーたちも、負けずに精進するのじゃよ」
ジジイの激励の言葉に、はい、と四人は声をそろえる。
そんな姉妹を見つめるユイの目が……本当に、見逃しそうなほどわずかに……きらりと輝き、嬉しそうに細められた。




