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「それじゃ、前回の続きからじゃ」
どこかカビくさい書物庫。押し合いへし合いするように立ち並ぶ本棚のわずかな隙間を縫ってイスが並べられ、ジジイを中心に弟子たちが円形に並び座った。ちなみに俺は見学者だから、とりあえずユイの背後の壁に寄り掛かって様子を見ることにした。
ぺらぺらと、五人が手に持った古文書テキストをめくる。やはり年期が違うのか、同じテキストでもシャリーのものは相当くたびれている。しかし、それ以上にユイのものが使い古し感に溢れているし、テディのはまだ新品同然に見えるんだが……。ま、いいか。
「前回はどこまで読んだかの、リンリン」
「はい。第三十二章、詩人ボールによる悲恋詩の直前までです」
ぴしっと背筋を伸ばしてリンリンが答える。こいつ、意外と勉強も真面目だったんだな。
ジジイは大きく頷き、骨張った手にテキストを持ち、落ちくぼんだ小さな目で弟子五人(とついでに俺)を眺める。
「その通りじゃ。ではわしがこれからボールの詩を読むので、各自、読解や解釈を書き込むように」
はい、と五人分の声が重なる。さて、ジジイの読む古代語はどんな感じかね。ちょっとわくわくしながら俺は体を起こしてジジイの方に注目したんだが……。
「では、三十二章……オルメ・イル・マオレ・イル。メヌミ・イナ・イライ・イル・メル。ラマン・メル・オーン・イル・イナ……」
うん、もう無理だ。
「イル」が助詞の何かだってのはかろうじて覚えていたんだが、もう無理。もはやじいさんの言葉は呪詛か何かのようにしか聞こえなかった。
だが、さすがは魔術師の卵たち。全員、真剣な眼差しでテキストを目で追い、時折素早く書き込みをしていた。
シャリーとユイはとりわけ、筆記の速度がすさまじい。真摯な表情で頷きながら、光の速さでテキストに注意事項を書き込んでいる。リンリンも負けじと、眉根を寄せてじっと考え込み、テキストの文面を指でなぞっている。テディは文学が苦手なのか、ちらちら姉弟子の方を見やりつつも口の中でじいさんの言葉を復唱しながらペンを走らせている。で、一番下のサランは……あっ、かなり困っているみたいだ。ここからでも、困惑の表情がよく見て取れた。
「メルア・イル・マオレ・オルカ・イナール……どうじゃ? 読み解けたか?」
呪文のような朗読が終わり、ジジイが弟子たちに問うたところ、シャリーとユイは余裕の表情で頷き、リンリンもふうっと息をついて頷く。テディはしばらく経って、唸りながら頷く。サランは真っ青な顔で、小さく挙手。
「す、すみません……途中から追いつけなかったです」
「サランか、気にしなくてよい」
テキストをぱたんと閉じ、ジジイは慰めるように言った。その表情からして、本心からそう言っているようだった。「分からない」をはっきり言うことが大事って、よくいうよな。
「シャリーたちと同じ速度で理解せよとは言わん。どれ、どこから分からなかったのか、教えてくれ」
「はい」
ほっとしたように頷くサラン。
ジジイがサランに解釈をしている間、他の姉弟子たちは各々、テキストに線を引っ張るなり、隣の者と朗読のし合いをするなりしていた。
俺の真ん前に座っていたユイは、一人で何やら書き込みをしているみたいだった。そっと、背後から手元を覗き込むと……うっ、さっきまでは白かったテキストが既に真っ黒になっていた。どれだけ書き込みしてるんだ、こいつ。
俺視線を感じたのか、ユイは手を止めてくるりと俺の方を振り返り見た。この部屋のランプは光度が低いから、今のユイの目は暗く沈んだ暗緑色に見えた。
「アーク殿は先ほどの詩を理解できましたか」
「いや、全然」
「全然、とはどの程度ですか? テキスト十二段落目の、愛をささやく箇所まではいったでしょうか?」
「……いや、最初の一語で諦めた」
「そうでしたか」
一気に興味が失せたのか、ユイは俺に背を向け、愛用のクリップボードを取り出した。隅っこの方に「アーク殿の古代語理解能力はサル並み」と書かれたようだが、この際スルーしよう。そうするべきだ。
そうだ、「サル以下」じゃないだけよかったと思おう。世の中、ポジティブシンキングが大事なんだ。




