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「姉様から伺いました。アーク殿は、毎朝健康のため、体作り運動をなさるとか」
お世辞にもうまいとは言えない食事が終わり、ほっと息をついたのもつかの間、ぬっと背後から赤い塊が迫ってきて俺は思わず、イスをひっくり返しそうになった。後ろ二本立ちしていた俺にも非はあるが、いきなり出てくるユイも褒められたもんじゃないぞ。
「昨日は姉様が見学なさったとか。本日は私が見学してもよろしいでしょうか」
くいっと角縁メガネを指で持ち上げて問うユイ。口調こそ丁寧だが、言葉の裏には「まさか断るだなんて破廉恥な真似はしませんよね」と言わんばかりな心の声が見え隠れしていた。
「あ、ああ。構わないが」
ほぼ反射的に諾すると、ユイは鼻の頭に指を当て、左腕に抱えていたクリップボードを持ち直した。
「それでは参りましょう。姉様曰く、まずは国民的運動ラジオ体操から取りかかると……」
「……それはしない」
だから、そもそもらじおたいそうって何なんだよ。
いつものように、家の周りを十数周走って、玄関ポーチに腰掛けていたユイの前に戻る。ユイは腕に例のクリップボードを抱え、俺が走っている間もずっと、カリカリとペンを走らせていた。
走っているだけなのに、そこまで記録する内容はあるんかな……?
昨日のリンリンとは違い、ユイは俺が練習メニューをこなしていても、アドバイスやコメントを寄越したりはしなかった。ただ黙々とペンを動かし、時折観察するような目で俺をじっと見つめるだけだった。
剣に見立てた木刀で素振りをし、腕立て腹筋、その他諸々をこなし……。
「終了ですか」
最後に軽く逆立ちで庭を回った後、すっくとユイが立ち上がった。俺は逆立ち状態から直り、手をはたいて頷いた。
「ああ、観察していて楽しかったか?」
「そこそこですね」
そう言い、ユイはすたすたと俺の目の前まで歩み寄ってきた。
……さすがに汗くさいだろうから、逆に俺は一歩後退する。
すると、その間を埋めるようにユイはまた、一歩近づいてくる。
ユイだってかなりの美人だ。こんな美人が近くに寄ってくるのは嬉しいんだが……だが、感情の見られないユイの緑の目が気になって仕方がない。俺を見ているというより、俺を通して、宇宙の彼方を見つめているような……。
「では、脱いでください」
今、何と言った?
ユイの目に気を取られていたため、うまく聞こえなかった。うん、聞こえなかったんだ。
ユイを凝視すると、逆に心外そうに彼女は俺を見上げてきた。
「服を脱いでください。運動後の男性の肉体を観察することも貴重な経験です。動悸の様子や血管の浮き出具合、発汗量など、検査しなくては」
そう言うが早い、ユイの細い腕がにょっと伸び、俺が着ているものにつかみかかってきた。
いやいや、待て待て!
「ちょっとタンマ、ユイ!」
「なぜですか」
言いながら、俺の服を引きちぎらんばかりに引っ張ってくる。こいつの姉弟子といい、この家の女は怪力持ちなのか……?
「いきなり服を脱がせようとするな! いや、上だけならいいんだ!」
上半身くらいならさらしても仕方がないとは思っている。だがな……ユイが掴んでいるのは、俺のズボンなんだ!
「赤の他人の女に下半身さらす馬鹿がいるかっ!?」
「何を今更。昨夜、姉様にも全裸を暴かれたのでしょう」
暴かれてない! 断じて、暴かれていない! あれは、未遂だ!!
「んなわけないだろ! というかおまえ、昨日のを見ていたんか!」
「いえ、姉様から伺いました」
あ、あの爆乳め! やっぱり俺をからかうつもりだったのか!
「さあ、これから深い付き合いになることですし。遠慮なく、観察させていただきますね」
「ふざけるなーーー!」
びりっ
俺の運命を変える、嫌な音がした。




