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親父に見合い書チェックするよう命じられて早一日。
脱走しようにも愛馬は厩にしっかり繋がれ、門をよじ登ろうにもいつの間にか有刺鉄線が張られており、俺は屋敷から逃亡できないことを悟った。ちっ、こういうときだけ準備がいいんだよな……。
正直、金鉱発見も見合い書のことも夢であってほしいと願っていたのだが、その日のうちからやたら来客が多く、自室に監禁されている間にも、豪華な馬車が続々と門をくぐってきたのが窓から見えていた。 貴族は自分の家の馬車に、所属する国の国旗をモチーフにした飾りを付けることになっているから、二階から見ていただけでもどの国の貴族がどれほど来ていたのかすぐ分かった。見合い書チェックの合間に数を紙の端にメモしてみたが、一番多かったのはやはり、自国フォルセスのものだった。
まあ、フォルセス内の諸侯ならうちからも比較的近い場所に領土があるのだろうし、多く来ても当然か。
で、俺は脱走計画を諦め、仕方なく自室で見合い書を見ることにした。
今までもちょくちょく見合い書が送られてきたことはあったのだが、今回は事情が事情なだけに、見合い書の装丁や肖像画のでき、細々とつづられた娘の来歴まで、今までとは気合いの入りようが格段に違った。
だいたい肖像画ってのは、いくらでも虚構ができるんだ。というか、全世界の肖像画のうち益八十パーセント以上は美化されたものだと、俺は確信している。なぜなら、経験者だから。もう俺は、肖像画なんて信じないぞ、うん。
貴族は自分の娘の嫁入り肖像画にはかなりの金額をつぎ込む。世の中には見合い書用肖像画専門の絵描きってのも存在するらしく、そういうのを遠路遙々招いて、娘を絶世の美女に描くよう要請する。もちろん、巾着いっぱいの金貨と交換に。
絵描きには罪はないだろう。それで生計を立ててるんだし、彼らとて主張したいことは山ほどあるだろうから。
だが、虚構しまくり美化百パーセントの肖像画で婿をもらえたとしても、婿が肖像画と実物のギャップにショックを受けるということまでは考えないのだろうか。まあ、多分考えないんだろう。考えるようなやつは、美化なんて頼まないだろうから。
とにかく。俺はその、美化まみれで全部同じ顔に見える見合い肖像画を一通りチェックし、適当に娘の名前を取り上げて羊皮紙に書き連ねていく。一応俺はちゃんと勤めを果たしましたよ、と親父に報告するために。
ご存じの通り、俺は勉強が好きじゃない。勉強に関すること……例えば読書、例えば作文、例えば詩の朗読……そういう類のものは不得意だ。けど、不得意なだけでできないわけじゃない。一応、その辺の教養は身につけたから。
俺は十代半ばまではフォルセス城で暮らしていることが多かった。フォルセス王子であり、親友でもあるリュート王子とも、士官学校に併設された学問所で出会った。リュートは顔も頭もよかったから俺はよく、勉強を教えてもらった。そのおかげもあって、学問所で落第することはなかった。
というわけで俺は思春期にいろいろ捨てた代わりに鍛えた文筆能力と社交辞令能力を生かして見合い書に対する意見文を書き上げたということだ。そこまでの過程は省略する。正直、思い出すのも苦痛だから。
適当な貴族の娘の名前と、その娘についての意見をつらつら書いた報告書を渡すと、すこぶる親父はご機嫌だった。そして……どうも、今日はフォルセスから重客が来るらしく、俺が屋敷にいても邪魔なだけなので遠乗りでもしてこい、とのお許しが下ったのだ!
よし、よくやった俺! 諦めて不貞寝なんかしなくてよかった!
俺は親父と母さんへの挨拶もそこそこ、自室に駆け上がって乗馬服に着替えた。肩章やマントがうっとうしい貴族服よりも、体にぴったりした乗馬服の方が俺は好んで着ている。
俺の好きな色でもある蒼の乗馬服を身にまとい、護身用の細身の剣を腰に下げていざ厩舎へ。
俺の愛馬はようやく頑丈な戒めから解放されて、嬉しそうに俺の肩に鼻先をすり寄せた。
思えば、昨日一日散々な目にあったのは俺だけじゃなくて、こいつもだったんだ。フォルセスでの乗馬実習授業で好成績を収めた俺は、親父からこいつをプレゼントされた。クロウと名付けたこいつは、今は俺の愛馬であり、相棒でもある。
今日の遠乗りにも、当然のごとくお付きの者がいる。以前、俺がお着きの包囲網を破って隣町まで勝手に出かけたことがあり、その一件からますます、俺への警戒網は強まったようだ。昔は一人でクロウを乗り回せたというのに、まったく年をとるのは嫌なことだよ。




