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予想通りと言うべきか、ユイは腕に例のクリップボードらしき物を抱えて立っていた。こうしている間も、ひっきりなしに左手が動いて(ユイは左利きのようだ)、クリップボードに挟まれたノートに何やら忙しなく書き込んでいる。
「改めまして、おはようございます。ユイ・イライザです」
「ああ、知ってる」
「これは失敬」
そう言いながら、やはり何やら書き込んでいる。ユイの目は明るいグリーンで……俺と同じ色なんだが、なぜかその翠玉は眼球と言うより、ガラス玉に見えて仕方がなかった。キレイと言えばキレイだし、くるくると活発に動いてはいるんだが、どうも無機質に見えるんだよな……。
その緑の目をぐるりと回し、ユイは俺を見上げてきた。
「ちなみに、今日のあなたの起床時間は六時四十五分。昨日より三十五分、一昨日より二十三分早かったです。今のところ、最速記録ですね」
「……そんなのもメモってたのか?」
「はい。あなたは大変貴重な研究対象ですから」
ん? 研究対象?
俺の疑問を察したのだろう。ユイはボードを左腕に抱えなおし、、直立不動の姿勢を取った。
「ご存じのことかと思いますが、今まで、この家には女性五名男性一名の計六名が生活していました。残念ながら男性のサンプルは師匠一人しかいらっしゃらず、しかも若い精力盛んな男性が身近にいなかったもので、これは必ずレポートにまとめなければと思い立った次第です。若い男性の行動を一日中チェックするというのは、めったにない好都合であります」
へー……つまり、若い男を研究したくて俺の起床時間をチェックしたってことか。そもそも男が身近にいなかったんだから(この際ジジイは対象から外そう)、士官学校の話を聞きたがってるってのも納得のいく話だな。
「分かった。じゃあ今日一日はおまえに、俺の生活をチェックさせればいいんだな」
「よろしいのですか?」
くるり、と緑の目を回してユイが問う。
確かに、一日中行動を監視されるのは決して気分のいい話じゃないだろうが、昨日や一昨日の災難に比べれば、行動記録を付けられるくらい大したことじゃないだろう。そう思い、俺は頷いた。
「何にしろ、今日はユイと一緒にいる予定だったんだ。おまえも効率がいいんだろ?」
「その通りですね」
こっくり頷き、ユイはぴしりと、軍隊のような礼をした。
「では今日一日よろしくお願いします。何か聞きたいことがあれば、難なく申しつけてください」
「ああ。こっちこそ頼むよ」
ユイについて階下に降りながら、俺はようやく、まともそうな女に当たれたとほっとしていた。
これがまだまだ序の口だったなんて、当時の俺は知るはずがなかったが。




