表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と彼女らの7日間  作者: 瀬尾優梨
3日目 さよなら俺の純情
47/108

16

 三時間半。そう、あの釜を全部洗うのに三時間半かかった。

 想像以上に、釜は汚れていた。内部にこべりついた薬の滓はしぶとく引っ付いており、タワシでかなりこすらないと剥がれない。釜自体もそこそこでかいんだし、付着物をそぎ落とすのだけでも重労働だった。洗剤はとにかく種類が多いし、しかもどれもこれも変な匂いのものばかりだ。掃除に取りかかる前に一応、上着は脱いでおいて正解だった。


 そういうわけでサランが予想した以上に時間を食ってしまい、フラフラになりながらキッチンに戻ったときには……既に晩飯は終わっていた。

「遅かったわねぇ、純情君」

 今日の飯当番でもあるリンリンだけがキッチンに残っていて、俺を出迎えた。

「私たちはもう、自分の分は食べたから。一応、あんたのは残してるからありがたく思いなさいよ」

「……ああ」

 声がかすれる。叫んだわけでもないのに、なんでこんなに喉が痛いんだろう。あの洗剤、たぶん人体にはあまりよくないんだろうな。


「ほれ、座った座った。胃が弱っているあんたのために、フルーツ風味のマンジューを作ったのよ」

「え、本当か?」

 マンジューは本当においしかった。手を洗い、席に着くとリンリンは保冷室からマンジューの乗った皿を持ってきた。今朝食べたのは真っ白な皮のマンジューだったが、これはほんのりと色が付いている。手前のは薄桃色で、奥のは黄色と草色だな。

「中にフルーツが入っているのか?」

「そうね。生地にも練り込んでいるから。そっちのがイチゴで、こっちのはオレンジと草」

「くさ?」

 イチゴ味マンジューを割りながら聞き返す。草って、食い物だっけ?

「草。もちろん食べられる草ね。ちょっと青臭いけど、ヘルシーなのよ。ヨモギって言うんだけど、こっちらへんではあまり生えてないわね」

「……ああ、聞いたことのない草だ」


 順に食べてみたが、どれもこれも予想以上においしかった。イチゴやオレンジには中がクリープたっぷりで、果実をぶつ切りにしたものが入っていた。草の方は……リンリンによると「アンコ」というらしい、甘いものが入っていた。

「やっぱりリャンシの伝統料理もうまいな」

「ありがと。私と結婚すれば毎日作ってあげるけど」

「……い、いや、そういう問題じゃないんだが……」

 マンジューはうまいが、それだけのためにリンリンと結婚するなんて……リンリンの方が迷惑だろう。

 そう思いながら草マンジューを咀嚼していると、ふっと俺の正面に座ってたリンリンの目つきが柔らかくなった。

「……私はいいんだよ」

「え?」

「どうせ、結婚するならフォルセスの誰かと、って思ってるし」

 両手で頬杖をつき、俺が皿に残していたイチゴマンジューの食い差しをひょいっと奪って、遠慮無く食べだしたリンリン。

「言ったでしょ? リャンシは一夫多妻制だから。故郷に帰って結婚したら、絶対その男の『たった一人の女』にはなれないから」


 しんと、キッチンに静寂が訪れる。

 そうだ。リャンシは一夫多妻制が認められている。それが、法律だから。

「フォルセスに来たときはびっくりしたわ。だって通りすがりの旦那さんが、たった一人の奥さんと仲むつまじげに散歩してるんだもの。大勢の妻を侍らすんじゃなくて、二人で、手をつないで。それがこの国の常識なんだと知って……すごい、羨ましかった」

 だから、とリンリンはもう一つ、俺の皿からマンジューを奪った。

「私、あんたに選ばれなくても大丈夫。フォルセスでいい男を見つけて、嫁入りすんだから。で、たった一人の『お嫁さん』になるの」


 リンリンの夢は。

 母をフォルセスに連れてくること。店を開くこと。それから……真摯な男の元に嫁ぐこと。

 お嫁さんになる、なんてフォルセスの女の子なら誰でも夢見ること。でも、リャンシで育ったリンリンには、叶えがたかったこと。


「……そうか。俺が誰を選ぶかなんて俺にもまだ分からないが……応援しているぞ、リンリン」

「ありがと」

 今日一番のきれいな笑顔で、リンリンは笑った。




「……でも、ちょっと遅くないか?」

「何が?」

「いや、俺よりも年上で婚活中って……」

「あら、今日は私とお風呂に入りたいって? もう、積極的な公子様ねぇ」

「言ってない」

「ほらほら、遠慮しないで。体の隅から隅までこのリンリン姉様が洗ってあげるわぁ」

「お、おい、どこに手をかけている!」

「なーによ、年上のお姉様に体を洗ってほしいって、今言ったでしょ?」

「言ってない! ちょ、待て! 脱がすな!」

「うっふふふ、さぁて、一緒に背中流し合いましょうか? アーク君?」

「嫌だ! 離せ! そこに触るなーーーーー!」


 大魔術師の家の夜は、にぎやかに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ