表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と彼女らの7日間  作者: 瀬尾優梨
3日目 さよなら俺の純情
46/108

15

「ふむふむ、想像以上の出来じゃ」


 ずらりと行儀よく並んだ薬瓶を前に、ジジイは満足げに声を上げる。

「これでしばらく、やかましい貴族どものクレームを受けんで済む。すまなかったな、我が弟子たちよ」

「いいえ、私たちも勉強になりましたから」

「このくらい朝飯前ですよー」

「ええ。薬学の腕前も向上したことでしょう」

「あたしは四回も失敗しちゃったけどね」

「お役に立てたようで何よりです」


 一様に、じいさんに頭を下げる弟子たち。皆、釜から立ち上る湯気や熱のせいで体が汗ばんでいるようで、服が体に張り付いているし何だかいい匂いがする。


 あ、決して俺は変態じゃないぞ。本当にいい匂いがするんだ。女っていいなぁ……。


 俺の不純な視線を感じたのか、ジジイの首がこちらを向く。うっ、何だか嫌な予感……。


「それじゃ、そろそろ部屋に戻るかの……ああ、釜の後かたづけはこの痴漢に任せればいい」

「俺かよ!?」

「かわいい弟子たちにふしだらな視線を送る輩には相応の仕事じゃろう。ほれ、嬉しそうな顔をせんか。美女五人の元で雑用できるなぞ、身に余る光栄じゃろう?」

「嬉しくないっ!」


 言い返しはしたが、一応タダで飯を食わせてもらっている身だし。ジジイの命令に従うってのは気乗りがしないが、あの五人姉妹の役に立てるならそれもよいかと、思い直すことにした。


 ……俺も前向きになったものだな。


 さっさとジジイは出て行き、弟子たちも「では、お願いしますね」「よろしく、純情ボーイ☆」「よろしくお願いします。くれぐれも、釜を割らないよう」「じゃあね! タワシは棚に置いてるから!」と三々五々散らばってしまった。


 任されたからには仕方ない。

 テディが示した戸棚からごわごわしたタワシを引っ張り出し、さてまずはどの釜から取りかかろうかと振り向くと。

 部屋の隅に、まだ一人残っていた。

「……サランか、どうした?」

 早々に姉弟子たちが退散したというのに、サランはまだ、部屋の隅でぽつんと立ちすくんでいた。腕には薬のレシピノートと思わしき紙束を抱えている。

 サランは眉を寄せ、困ったように首を傾げた。

「……あの、いつもは私が掃除しているんです」

「……掃除って、釜の?」

「はい。一番下の弟子が、全員分の道具を掃除して、後かたづけすることになっているんです。でも、公子様のお手を煩わせてしまって……」

 と言って、申し訳なさそうに目線を床に落とすサラン。

 彼女の気遣いに、ほっと胸の奥が暖かくなった。

 今日一日、リンリンに振り回され、胸にくる過去も知ってしまった分、サランの優しさが身に染みた。


「いいんだ。俺だって釜掃除ぐらいはできる。サランだって薬作りで疲れてるだろう。上に上がって、先に休んでいな」

 タワシ片手にそう声をかけるとサランははっと顔を上げ、かすかに口の端を持ち上げた。すごく控えめな微笑みだった。

「……いいのですか? お手伝いは……必要ですか?」

「大丈夫だ。君には何かと世話になっているし。一人でやってみるよ」

「……ありがとう、ございます」

 サランは胸に手を当て、笑った。


 ……あっ、この笑顔かわいい。


 つい、右手がぴくっと動いてしまったのはここだけの内緒だぞ。



「……では、お掃除お願いしますね」

 ぼーっとする俺をよそに、サランはいそいそとシンクの脇に走り……両腕一杯に何やらを抱えて戻ってきた。

「これで釜を洗います。ピンク色のから緑のまで、順に使ってくださいね」

 え? と思って彼女の腕の中を見ると……色とりどりの洗剤が箱に詰まっていた。ざっと見ても、十数種類はある。

「洗剤は使うことに、一度きれいに釜を洗い流してください。少しでも前の洗剤が残っていると次回の薬作りが失敗してしまいます」

「……これ、全部使うのか?」

 ずらっと並ぶ洗剤ボトルを示して聞くと、サランは当然とばかりに目を瞬く。

「そうですよ。釜の中に洗剤を入れて、タワシでしっかりこすります。その度に洗い流して……そうですね、公子様なら二時間もあれば全て洗い終わるでしょう」

えっ、二時間? 釜を洗うのに二時間も?

「ちなみに、私は五人分の釜を……だいたい一時間半くらいで片づけます。公子様は掃除に慣れてらっしゃらないでしょうが、私より体力はありそうですし」

 そう言って笑うサラン。

 こ、こいつが毎回、このでかい釜を一人で洗っているのか? これって下積みと言うより奴隷労働に近いんじゃ……。

 サランが足下に置いた洗剤セットを見ても、部屋に並ぶ使用済みの釜を見ても、俺のテンションは下がる一方だ。まさか、何時間もかけて釜掃除をしなければならないなんて、聞いてないぞあのジジイ!


 だが、男に二言はない。一度言ったことは取り消さない。手伝いも不要だと言ったんだ。

「……分かった、やってみよう」

「はい、お願いします!」

 サランはぺこりと頭を下げ、そそくさと部屋から出て行った。


 ……さて、行くとするか、相棒!

 タワシを片手に、俺はひとつ、腕まくりした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ