15
夕暮れ時にはテディは解凍され、例の地下室の雪も撤去。三度シャリーの料理(今度は彼女曰く「コールスロー」らしい。見てくれと味は諸君の想像に任せる)を食べ、ようやくあわただしい一日が終わった。
厩舎に繋がれたクロウの世話も終え、俺はばったりと宛われた部屋のベッドに倒れ込んだ。
疲れた……すっごく疲れた。
今日は何があったっけ……。まず、ブイヤベースで失神し、不味いリンゴを食わされ、空中四千メートルの恐怖を味わい、そして番長シャリーの恐怖を体験。
……なんか、踏んだり蹴ったりじゃない?
屋敷にいた頃はこんな波乱に富んだ一日を過ごしたことはなかったぞ。ったく、面倒なことに引き込まれたもんだ。
……だが。
ごろんと、質素なベッドの上で寝返りを打つ。相変わらずマットレスは硬い。
……楽しかったと言えば、楽しかったかな……。
とんとん、と俺の部屋のドアがノックされる。
「アーク殿? シャリーですわ」
「シャリー?」
皆に就寝の挨拶はしたのだが。何かまだ用があるのだろうか。
腹筋を使ってベッドから跳ね起き、ドアを開けるとそこには、廊下の薄暗がりの中シャリーが立っていた。白い、ウェディングドレスみたいなネグリジェに着替えたためか、夜闇にふんわりと浮かぶ天使のように、見えた。
今日一日くくり上げていた銀髪を背中に垂らし、シャリーはそっと笑った。
「アーク殿、今日は一日ありがとうございました。あなたと一緒に過ごせて楽しかったですわ」
……ああ、そうか。
俺が今日、シャリーと一緒にいることが多かったのは今日が「シャリーの日」だったからだ。俺は一日交替で弟子たちと交流する。だからシャリーとゆっくり語り合うのもこれが最後になるのだろう。
そう思うと……王道外道だの思っていた自分が恥ずかしくなる。
「……ああ。俺も結構楽しかったよ。魔術師のことも学べたし、シャリーのことも知ることができた」
「光栄ですわ」
でも、とシャリーは白魚のような人差し指を立てて、俺の唇に押し当てた。
「明日からは……私の妹たちと接することになるでしょう。どうか、公正な判断をなさってくださいね。一番最初が私だったから、私を選ぶ。……そんなことはなさらないでくださいね」
……それは当然だ。
この嫁騒動は俺が望んで起こしたわけじゃない。だが……だからといって、適当な理由で婚約者を選んだりは、してはならない。
そうすれば、俺だけじゃなく、女たち全員を傷つけることになるから。
俺だって男だし、貴族だ。レディファーストの精神は学んでいるつもりだ。
「……ああ。もちろんだ」
「安心しましたわ」
ほっと笑い、シャリーは俺の唇に触れていた指を引っ込める。
「でも、残念ですわ。こうやって唇に触れるとドキッとさせられるかと思いましたのに」
いや、しなかったわけじゃないから。
これでも健全な成人男子ですからね。
わずかに目を反らした俺にほほえみかけ、シャリーは一歩後退し、スカートの裾を持ち上げるお辞儀をしてみせた。
「お休みなさいませ、アーク殿。よい夢を」
「……ああ、おやすみ」
おまえも、よい夢を。
「ほら、アーク、受け取りなよ」
ん? この声は……リュートか!
久しぶりだな、リュート! 元気にしていたか?
というか、今投げてきたこれ、何だ? 白くて、もちもちしているぞ。
「それ? マンジューっていう菓子だよ。リャンシ王国の名産物の。たくさんもらったから君にもあげるよ」
マンジュー? ふーん、うまそうだな。ありがとう。
……だが、ちょっと大きすぎないか? これ、ひと抱えはあるんだが……。
「そうか? 大は小を兼ねるだろ。ほらほら、まだあるから。遠慮なく受け取ってよ」
え? そ、そうか。うまそうだから有難いが……。
う、わ、ちょっと、リュート! いくら何でも投げすぎだ! 俺が……マンジューに……埋ま、る…………。
ぐふっ
「……ぐっ……リュート、もう、マンジューは……」
「マンジューが、どうしたの?」
くそっ、マンジューで圧死だ……屈辱だ……。
「……マンジューは……もう、いらないんだ……」
「ふーん、おいしいのに」
……はっ!?
今の、リュートの声じゃない! 女だ!
一気に覚醒して、目を開けるとそこにはでかいマンジューが。俺は目が覚めてもなお、マンジューに潰されているようだった。
「あら、目が覚めたのね。なんだかうなされていたわよ」
おお、マンジューが喋った……いやいや、違うだろ!
ひょっこり、マンジューの上部から黒髪の女が顔を覗かせる。
「おはよう、シャイボーイ。マンジューがどうしたの?」
そう言って笑う、女。黒髪黒目の女。
うん、言いたいことはたくさんあるんだが、とりあえず。
「服を着ろーーーーーーーーーーっ!」
朝っぱらから俺の絶叫が家を震わせた。




