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俺の名はアーク。アーク・ティル・フォードというのが正式名称だ。
家名にフォードというのが付いているので、フォード公国の公子であることは一目瞭然だろう。
……ん? フォード公国を知らないのか?
そうか……なら、ちょっと説明しておこう。
フォード公国はフォルセス連合王国に属する小国で、俺の父親が公爵として領地を治めている。
公爵と言うからには、それなりの身分ではある。一般的に、王族の血縁の者が公爵になれるのだからな。だが、公爵といっても、それほど重要な地位にいるわけでも、内密な任務を任されているわけでもない。
なにせ、うちにフォルセスの血が入ったのはもうかなり前のこと。まだ伯爵だった頃、俺の祖父の祖父あたりが戦で功績を立て、当時結婚候補者であったフォルセスの姫が嫁いできたことでめでたく公爵に格上げし、フォード家は繁栄するようになった。
そんな華々しい栄光も今は昔。今のフォード家領主(つまり親父)も領主婦人(つまり母さん)も身分やら地位やらに全く興味が無く、連合国の片隅にある領土でまったりと生活していた。
俺はその生活ぶりに文句はなかったし、むしろ感謝していた。
貴族なんて身分、重荷になるだけだ。比較的自由で苦労のない身分だから、気ままに遠乗りしたり鍛錬したりしていた。
俺は頭を使うよりも剣を振るっている方が性に合っていた。幼なじみでもあるフォルセスのリュート王子も、「アークがうちの騎士団に入ってくれたら助かるよ」と言ってくれる。
俺も親友の元で働けるのは嬉しいことだし、親父も母さんも俺の進路に関しては何も言わなかった。
なのに。
「……きんこう?」
貴族の豪邸にしては質素すぎるとも言える応接間。そりゃそうだ、この部屋の模様替えをしたのは俺の親父なのだから。俺の祖父がかなり成金趣味で、そのごてごてした家財は全て、親父によって質に出された。
俺は親父から告げられた言葉を頭の中で反芻させる。
きんこう。近郊。均衡。さて、どの「きんこう」だろうか……。
「うむ、領土の北端……国境付近の山脈から古い金鉱が発見されたのだ。どうも、私の曾祖父くらいの時代に閉鎖されたものらしくて、旅人が偶然、埋め立てられた坑道入り口を見つけたそうなのだ」
そうか、「きんこう」とは「金鉱」のことか……。
いや、ちょっと待て。
「親父……うちの領土で金鉱なんか見つかるものなのか?」
「いや、見つかったものは見つかったものだし」
親父はまったりと、さして大事でもなさそうに言ってのける。
「おそらく、曾祖父が鉱山を廃鉱し、埋め立てたのはいいが、そのことが後世にまで伝わらなかったのだろう。いやあ、私もびっくりしたよ」
そういえば……かなり昔はうちも金が採れるってことで有名だったそうな。金ってのは細工にも使えるし、何より魔術師たちにとっては練金に欠かせないアイテムになるらしい。
そうそう、言い忘れてたけどうちの世界には魔術師ってものが存在するんだ。
ほんの一握りの人間にのみ与えられた不思議な力、魔力。偶然に生まれながらにその魔力に恵まれた者は魔術師として訓練を積むことができる。
魔術師は、本当にいつどこに生まれるか分からないそうだ。魔術師同士の間に生まれた子も魔術師である可能性はもちろん高いが、何の変哲もない田舎の夫婦に大魔術師が生まれることもなきにしもあらずだ。
魔術師は……それこそ人によりけりだが、風を起こしたり炎を生み出したり、一瞬で異なる場所に移動したり、はたまた良薬を調合したりするという。何に適性があるかは、それこそ人それぞれなのだという。
かく言う俺は、もちろん魔力なんて欠片も持っていない。俺の家族は全員そうだし、王族でさえ、現在魔術師としての資格を持っているのは王妃様だけだという。
ま、俺には無縁な話だし、詳しくも知らないんだよな。