11
「ええ、その通りです」
ご褒美ですわ、とシャリーは短い呪文を詠唱する。シャリーの言葉に合わせ、彼女の手の中のリンゴがくるくる回転する。ついでに、ナイフを持たずともするすると帯状に赤い皮が剥かれていった。
今のは横風と風刃の組み合わせだな。俺、覚えたぞ。
そうしている間に皮は全て剥け、花のつぼみが開いたかのように一斉に八等分までされた。
おまえ、ナイフで料理するよりこっちの方が効率いいんじゃないか。
「ああ、でもこの魔法はあまり料理には活用できませんの」
うっ、今の俺の心の声、聞こえたのか?
シャリーは手の中で櫛形に切られたリンゴを空いた皿に移し、残された赤い皮を摘んでため息をつく。
「もちろん、ナイフを使わずとも食材を切ることはできますし、竈で火を焚かずとも薫製を作ることもできます。でも、魔術で調理した料理には絶対、本物にはかなわない点があるのです」
「……それは?」
「愛ですわ」
振り返るシャリー。柔らかな日光を浴びて、シルバーブロンドの髪が眩しく輝いた。だが、シャリーの表情も、髪に負けず劣らず明るい。
「一手間一手間丹誠を込めて作り上げた料理には、料理人の愛が籠もります。でも、自分の手を汚さずとも作られた料理は……人の手や温もりが込められません。だから、私はたとえ風魔術が得意でもすべて、自分の手でお食事を作るのです」
一手間一手間丹誠を込める大切さか……。
なんだか、今までずっと忘れかけていたことを思い出させてくれる言葉だな。
だがな、シャリー。
「……おまえが言っても説得力ないよーな気がするんだが……」
「まあ、今何かおっしゃいましたか?」
笑顔のまま問い返すシャリー。
悪いが俺は……いくら愛情込められて作った料理でも……××××はよくないと思います、先生。
「細かいことは気になさらなくてよいのですわ」
さっくりと締めくくったシャリー。げんなりする俺をよそに、シャリーは皿に盛られたリンゴのうち、一つを端正な指で摘んで振り返る。
「はい、アーク殿、仕切直しです。……あーん」
目の前には、ため息が出るほど美しい女性が。
その手には、彼女が剥いた(風魔法ではあるが)、リンゴ。
これがウサギリンゴだったならさらによしだが、まあ文句は言うまい。
「お、おう。いただきます……」
シャリーは微笑む。
俺も無意識のうちに微笑み、口元に差し出されたリンゴにかじりついた。剥きたてのみずみずしい果汁が口の中に広がっ
「まっじぃぃぃぃぃぃぃ!」
た。ああ、広がりましたとも! 吐き出すほどくそまずい果汁の味がな!
開け放たれたままの窓辺から身を乗り出して盛大にえずく俺。そんな俺を見つめ、シャリーは肩を落とした。
「……やはりまずかったのですね」
「ど、どういうことだ!」
一通り、さっき食した物を吐き出した俺が振り返ると、シャリーは既に、残っていたリンゴを処分すべくゴミ箱を引っ張り出していた。
「さっき申し上げたでしょう、それはリンゴの突然変異だと。まあ、ユイが研究した結果、食用でないことは判明しておりましたが……」
こ、こいつ!
食える代物じゃないと分かってて俺に食わせたな!
あんな雰囲気では俺が断るはずがないと分かった上での「あーん」だったんだな!
「このお手ふきをどうぞ、アーク殿。お口元が汚れてますわ」
誰のせいだと思ってるんだ!
「そうカリカリしないでください。そもそも、食用でないとしか判明していなかったのですよ」
……ん? それはどういう意味だ?
「アーク殿。先ほどの味を例えるなら……どのような風味でしたか?」
どのようなって……。シャリーに差し出されたタオルで顔を拭きながら、俺は言葉を選ぶ。
今朝食べた××××のブイヤベース(仮)並み。と言いたかったが、「それでは『美味だ』と言っているようなものでしょう」との反論が返るだろうことは予想できるので、かなり迷った結果。
「……小さい頃間違えて食べた、害虫駆除用のホウ酸団子……かな」
「なるほど」
シャリーは盛大に頷く。くっ、俺の痛々しい過去が……。
「食用でないと分かれば、誰も食べませんもの。ユイも私もずっと気になっていたのですよ。あのリンゴは食べるとどのような味がするのだろうと」
「……」
「検証、ありがとうございました」
……やられた。
だめだ、この女には、俺は勝てない。
誰もが認める美女。気だてがよく、頭もいい。まさに王道の女だ。
しかし天は二物を与えず。
料理の腕は壊滅的。することなすことはなかなか外道。
俺はずっと後になって知ったのだが、シャリーからことの顛末を聞かされたユイによってあの忌々しい木は「ホウ酸リンゴの木」と名付けられたそうだ。学名は、「アーク・オブ・ガイチュウクジョヨウノホウサンダンゴ」。命名主はシャリー。
当時の俺は、まさかこんなふざけた名前が学会で認められ、大変不名誉な形で俺の名が永遠に辞典に刻まれることになるだろうとは、思いもしなかった。




