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こんこん、と俺の部屋のドアがノックされる。
「おはようございます、アーク様。起きてらっしゃいますか?」
この声は……サランだ。
「ああ、起きている」
うわ、酷い声! むちゃくちゃかすれてる……くそっ、やっぱり昨夜飲んだ酒が原因か……。
「では、お着替えを戸の前に置いてますので、着替えておいてください。脱いだ服は置いておいてくださって構いません。間もなく朝食の準備ができますので、仕度が調いましたら下へ降りてきてくださいね」
俺が短く相槌を打つと、ぱたぱたと靴の音が遠ざかっていった。なるほど、ここは魔術師の家の二階なんだな。道理で窓の外から広葉樹の葉っぱが覗き込んでいるわけだ……。
ん? ということは……キッチンで酔ってぶっ倒れた俺を、誰かがここまで運んできたってことだよな?
一応、上着も脱いで近くのイスに掛けられているし……。
あのジジイがそこまで世話焼いてくれるとは思えないから、五人姉妹の誰かが介抱してくれたのか。くそっ、情けない……というか、アピールなしにしても格好悪い……。
なんだか、一気に疲れた。だが、いつまでもここでグダグダするわけにはいかない。
年代を感じさせる木製のドアを開けると、ドアの先が何かにぶつかった。
あー、そういえば部屋の前に着替えを置いているって言ってたな。さて、どんな服を貸してもらうんだろうか。女物じゃなければ何でもいいや……と思いきや。
「……これって……」
部屋の前で、畳まれた服を手にとって広げてみる。間違いない。この色合いや刺繍の意匠、上着の裾の長さ。まさに、昨日ネッゾで買ったばかりの服だった。
……確か昨日町で買った物は全部、従者の馬に乗せたよな。それで、従者たちとは途中ではぐれて……。で、どうしてその買った服だけここに届けられているんだ?
まさか…………そんなことないよな……?
折しも、近くのドアが開いて洗濯物らしき布束を抱えたサランが顔を出した。昨日の彼女は質素なエプロンドレス姿だったが、今日は動きやすいチュニックとパンツ姿だった。
「あ、その服はアーク様がお買いあげなさったのですよね」
俺の心情を察することなく、サランはのんびりと言う。
「それ、師匠が回収してきたそうです。やはり、本人の服が一番体に合うだろうと……」
「……サラン!」
思わず、大声を上げてしまった。怒鳴られるとは思っていなかったのか、サランはびくっと身を震わせ、目を大きく見開いて俺を見上げてきた。しまった、怖がらせてしまったかもしれない。だが……すまん、あいつらの安否確認が先だ!
俺は服を脇に押しやり、サランの肩をぐっと掴んだ。
「これは! 昨日、街道ではぐれた従者たちに預けていた服なんだ! あいつらは無事なのか!? 消え去ったりしていないんだろうな!?」
何しろ、広々とした草原で見失ったんだ。まず、はぐれるなんてあり得ない状況だったというのに……。それで、荷物だけはあのジジイが「回収」したって、まさか、従者たちは……。
俺の言いたいことに気付いたのか、サランははっと息をのんでふるふると首を横に振った。
「だ、大丈夫だと思います……師匠の話では、アーク様の従者さんは全員、夜までにはお屋敷にたどり着いたそうです。ちょっと疲労していたし、アーク様を見失ったとのことで憔悴しきってましたが……荷物は無事でしたし、アーク様のご無事も伝えられたので。それと、師匠はこの服を、帰ってきた従者さんたちから受け取ったそうです。だから、彼らは大丈夫ですよ」
ほっと、体中の力が抜けたようだった。
よかった。あいつらはとりあえず無事だったんだな。なかなか気さくな奴ばかりだったから、万が一行方不明になっていたらと思ったが……。
「では、彼らにも俺の居場所は知らせたのだな」
「はい。お手洗いのために私たちの家に寄り、師匠にいろいろと脅されて結婚相手を決めなくてはならなくなったと」
あ。
そうだった。
つーか、やっぱりサランにも報告したんだな。俺が結婚相手を見つけるよう脅迫されてるって。
サランはそっと、肩を拘束したままだった俺の手をほどいて一歩下がり、にっこりと笑った。
「では、お着替えお願いします。……今日からよろしくお願いしますね、アーク様」
「……あ、はい、どうも」
なぜか敬語になって、俺は返事をしてしまった。
うーん……あの様子だと、あんまり衝撃を受けていないというか、他の四人と同じような反応というか……しかも、さして嬉しそうでもなかったし。
安堵の気持ちが一気にしぼみ、俺は何度目か分からないため息を吐き出しながら、服を着替えるべく自室へと引き返した。