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だが、俺以外は誰も驚いた形跡はなく、じいさんに至ってはあろうことか、不満げに鼻を鳴らしたのであった。
「むう……ヴォルフォヌテか。今日はラ・マーヴァーはなかったのか?」
ラ・マーヴァー……だと? それって、ヴォルフォヌテを超える超級ワイン醸造場じゃないか! 「至高の一口」の名を冠するラ・マーヴァー……その一口で、一件屋敷が建つってくらいだぞ……。
おいおい、こいつらって日頃からこんなのばかり飲み食いしてるのか!? ヴォルフォヌテが「イマイチ」なら、俺たちが普段飲んでいるワインは何なんだよ……。ゴミか? ワインがゴミのようだってか?
「すみませんね。さすがに今日は在庫がなくって。でも、お店に置いているのでは一番のやつを買ってきたから」
買ってきた……つまり、ちゃんと金を払ってきたのか。脅したとかくすねたとかじゃなくて、とりあえず安心した。
じいさんはとりあえず妥協することにしたらしく、じろりと充血した目で俺を見てきた。
「貴様、酒は飲める質か?」
「え? そりゃあまあ、嗜む程度には」
ワインも貴族のたしなみだ。出張先で出されることもあるから、味に慣れておくことはもちろん、舌の先で転がしただけで大方のメーカーは当てられるくらいには訓練してきたつもりだ。
だが……。
「……いや、でも俺は今回は遠慮する。これ、飲むんだろ?」
これ、はもちろん、古びたテーブル上で神々しいばかりの光を放つ(ように見える)ヴォルフォヌテ。なんだか、舐めただけで昇天しそうだ。
だが、じいさんがそれ程度で引っ込むわけなく。
「ええい、くどくどうるさい! 飲めるなら飲む! 男なら一杯飲んでいけ! 弟子たちにもアピールするんじゃろ!」
唾を飛ばしながら怒鳴るジジイ。あー、そういえば明日から嫁選びするとか、しないとか……。酒飲んで「俺はワインもイケるナイスガイです」アピールしろって算段か?
はっ、今の会話、サラン聞いていたんじゃないか? 弟子にアピールとか、聞き捨てならない単語だと思うんだが……。何も聞かされてないみたいだし……。
ちらと流しの方を伺うと……やっぱり! サラダボウルを拭きながら、不可解そうな目で見つめてくるサラン。
「……師匠、アピールとは何の話ですか?」
だよねー。気になるよねー。
だが、ジジイはサランの声には反応せず、ひたすら俺の襟をぐいぐいと締め上げてくる。
「この根性なしが! 貴様のような男をヘタレと呼ぶのじゃ! あああ、見ているだけで尻が痒くなってきた! どうしてくれる!」
いや、どうしろって言われても……とりあえずこの手を離してくれ。
「まーまー師匠、よかったじゃないですか、飲み仲間が増えて」
そう明るく言いながら、テディがカップボードからグラスを取り出す。グラスの数は、五つ。
「ほら、姉様たちも。ヴォルフォヌテはちょっと久しぶりなんでしょう? 一杯気合い入れましょうよ」
テディに言われ、姉たちも「そうですね」「一杯しましょー」「たまにはヴォルフォヌテも悪くないですね」と口々に賛同する。