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硬い。ほおの下が異様に硬い。
その感覚で俺は覚醒した。
体を起こすと、そこは見慣れない部屋。俺の自室よりずっと狭く、質素で、ガタのきている小さな部屋。
遠くからバタバタと誰かが走り回る音と、何やら甲高い女の声が。
あー、そうだ。思い出した。
俺、拉致られたんだっけ。
昨夜、魔術師の弟子の一人(確か……うん、サランって名前だった)と一緒にキッチンに戻ると、もう夕飯の準備がしてあった。サランが焼いたというパン。シチューやサラダも彼女が作ったのだろうか。家庭的で質素だが、すごくうまそうだったし、実際うまかった。
ただ、俺と共にテーブルを囲んでいるのは見に馴染みのない人間ばかり。俺の右隣から、銀髪美女のシャリー(本名はシャルロットらしい。食事の時に名乗ってた)、爆乳女ことリンリン(本名は……マ・リンラというらしい。名前からしても、どうやらフォルセスの人間じゃないらしい)、赤毛の真面目そうな女ユイ、女のような男……失礼、男のような女のテディ(本名はセオドア。名前まで男みたいだった)、全員分の茶を入れたりサラダをよそったりと忙しそうなサラン、そんで俺の左隣にはあの大魔術師タローのじいさん。
そもそも、俺には家族以外と飯を食べる習慣がない。城にいた頃や外食時は当然、他人と席を共にすることになるが、こういった家庭的な場で家族以外……しかもほとんど若い女……と一緒に飯を食う日が来るなんて。とちょっと感動したりした。
女どももじいさんも、俺の予想以上にテーブルマナーがよかった。テディとやらは絶対マナー悪そうだと見くびっていたが、きちんとナイフもフォークも使いこなし、上品に紙ナプキンで口元を拭ったりしていた。すまん、テディ。俺が悪かった。
どうやらこいつらは性格もまちまちでいろいろと厄介そうだが、最低限の礼儀やマナーはわきまえているらしい。俺の隣に陣取るじいさんを見ても、萎びた柿のような見てくれだが、貴族並みにマナーがしっかりしている。きっと、このじいさんの教育のたまものなんだろうな。師匠、って言うくらいだし。
そういうわけで皆のテーブルマナーに感心した俺だったが。
食後の祈りを捧げ、サランが一人、流しで皿洗いを始めたと思いきや。
「ようし、公子様! 明日からの活躍を祈って一杯しようじゃないの!」
先程までのしとやかさはどこへやら、リンリンがどこからともなく立派なワインボトルを取り出した。 俺の目が節穴じゃなけりゃ、あのボトルはあの立派な胸の谷間から出てきたような……いや、節穴であることを願おう。
「師匠、ご覧ください。今日、街で仕入れてきたんです。五十年間熟成した高級葡萄酒。カトレーヌ地方のメーカー、ヴォルフォヌテ醸造の一級品です」
カトレーヌ地方のヴォルフォヌテ醸造……だと!?
あれは超がつくほどの高級ワインで、フォルセスの貴族でさえ、一年に一回飲めるか飲めないか。もちろん、うちみたいな半端な公爵家だったら手にすることさえ難儀な一本を、どうしてこいつらが!?