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どーん、と効果音が付きそうなくらいすばらしく言い放ったジジイ。
待て。待て待て待て待て待てぇ!!!
「な、な、何言ってんだジジイ!」
「貴様! 国随一の魔術師に対してジジイとはなんじゃ!」
「何もクソもない! 俺はただの通りすがりだ! トイレに寄っただけだ! なのにどうしてそーゆー展開になるんだ!?」
物語では「起承転結」というものが理想の展開とされる。「起」から「承」にかけてストーリーが盛り上がり、「転」で急展開を迎える。そして紆余曲折を経て「結」、結末を迎えるのだ。
ところがどっこい、このジジイは「承」を吹っ飛ばし……いや、「起」すらなかった気がする……「転」へとこの物語を強引に引っ張っていくようだ。主役たる俺を差し置いて。
「あらぬ疑いをかけた上、責任取って結婚しろだと!? お断りだ!」
「ほほーう……」
俺の剣幕にも動じず、ジジイはニヤニヤといやらしく笑ってくる。くそっ、完全にジジイに主権を取られている……。
「ならば……弟子たちへの不祥事は大目に見てやってもいい。わしは心が広いからのぉ」
「……」
「だがな、考えてもみよ。わしの五人の弟子たち……その誰かと婚姻を結ぶことは、貴様にとってどのような効果を及ぼすことなのかを」
俺が、こいつらの誰かと結婚?
そうだな……親父や母さんは大喜びだろうな。「大魔術師の弟子が嫁!? ヤッフーーゥ!」とか大騒ぎして。
で、当然俺の見合いの件はチャラだ。こっちの方がずっと、後先も明るいだろうからな。
そんで、フォルセス陛下もお喜びだろう。公国と陛下は今現在も密接な関係にあるから、俺たちを通してタローもといジジイと接触することも可能だ。
うちの鉱山で採れた金をジジイに譲って、その恩恵で国を潤してくれたら言うことなし。いわゆるギブアンドテイクだ。
……あれ? 結構おいしい話だったりする?
俺の不思議そうな顔を見てか、ジジイの笑みがさらに深くなった。
「どうじゃ? 決して悪くない話じゃろ?」
「……そ、そら確かにうちにとっても好都合だし、陛下も喜ばれるだろうが……本人たちの意志を無視しているってのが大問題じゃないのか?」
これは、俺の見合いの件でも言える。いくらその後の恩恵がおいしくったって、当の本人たちが不幸な結婚をしたとなれば手放しで喜べる話じゃない。それが自分に関することになればなおさらだ。
その時になって俺はようやく、俺とジジイの口論に置いていかれていた四人の女の存在を思い出した。
「おい、おまえらも何とか言ってやれよ! 自分たちの師匠だろ!?」
さすがに弟子たちが進言すれば耳を貸すだろう。そう信じていたのに。
「そうですね……私は構いませんよ」
「ええ。私、彼みたいな年下の男の子、結構興味あるし」
「悪くないですね。公子の生活とやらを観察できそうです」
「へへへ。魔術師修行をやめて公子妃ってのもいいかもねー」
……。
……あれー?
「よし、決まりじゃな! ではアーク公子殿には……弟子たちの中から一人、嫁を選んでもらおうではないか!」
高らかに宣言するジジイ。わーっと拍手する弟子ども。そして、魂の抜けた俺。