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魔術師タロー。いくら俺でもその名は知っていた。
フォルセス連合王国で一番と謳われる大魔術師。神出鬼没で雲を掴むような性格。秘められた魔力は絶大で、その一声で山をも砕き、大河を干上がらせると噂されている。フォルセスの陛下ももちろん、魔術師タローの力を仰ぎたくて再三使者を送っているそうだが、タローの住処は変幻自在。現れたと思ったらあっという間に別の場所に移動し、その手がかりを掴むことさえ困難なのだ。
だからこそ、偶然にでもタローに出会えた者はその神々しいばかりの姿に涙し、世紀の大魔術師と巡り会えたことを万物の神々に感謝するのだという。
けど、実際に今、俺の目の前にいるんだよね? 変幻自在の家に、お邪魔しちゃったんだよね? 便所を借りちゃったんだよね? えっ、俺も万物の神様たちに感謝しないといけない? 便所を借りさせてくれてありがとうございますって?
「……しかしまあ、わしが帰ってきたと思ったらかわいい弟子たちを口説いておるとは……」
やせた鳥みたいに出っ張った目玉がぐるりと振り向き、非難がましく俺を見上げてくる。俺よりかなりちっこいじいさんだからそれほど迫力はないが、じいさんに見つめられたって嬉しいはずがない。
「シャリーにリンリン、ユイにテディ……おおお、このケダモノの牙にかかって皆、純潔を失われてしまうのか……おおお、このような野蛮なケダモノを野放しにしておくとは……早速、フォード公爵殿に報告じゃな」
「待て、じいさん」
そのケダモノってのは俺のことだろ? 何だかとてつもなく、不名誉な疑いをかけられたようなんだが。
というか、事実を知っているはずの女どもも、「あらまあ、私たち純潔を失ってしまったのね」「姉様、どうしましょう!」「うわー、男って下品」とか勝手なこと言ってやがる。くそっ……知ってるくせに!
「お待ちください、師匠。それは間違ってますわ」
三人とは対照的に、赤毛の女がさっと、流れるような動きで右手を挙げた。
助け船、感謝する! と内心感謝していたら。
「この男性と最初に話をしたのはサランです。まず、サランが既に喰われていたことでしょう」
違うだろ!! とツッコミがのどまで出かかったが。
「おお! 何ということだ! かわいいサランまでに手をかけるとは……見下げた奴じゃ」
「だから待て」
「こうなったら……責任を取ってもらおう!」
ジジイはいきなりスックと背筋を伸ばし、えらそーに胸を張ると骨と皮ばかりの指をびしっと俺に突き立ててきた。
「フォード公国公子・アーク! 貴様にはうちの弟子と婚姻を結んでもらう!」