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そして、「奴」はやってきた。
「……ぬぅぅぅん!!」
どごん、と背後で鈍い音が。ぎょっとして振り返ると、さっきまで何もなかったそこには汚らしい布の固まりが鎮座していた。うちの屋敷の倉庫には、こんな感じの麻袋が大量に転がっていたな。
「ついに来たな、本当に来たな、フォードの小せがれ!」
おお、この家では布まで喋るのか……じゃなくて!
布の固まりからにょきっと二本の腕が伸び、亀のように頭が飛び出し、どことなく不潔感を漂わせるじいさんが……登場した。布はローブだったようだが、皺だらけの顔とローブはやはり、ほぼ同化していた。かなり背が低くて、俺の胸あたりに頭がある。おまけに、香草か何かの匂いがぷんぷん漂ってきて、思わず鼻に皺を寄せてしまった。
じいさんは枯れ枝のような腕を突っ張り、俺をじっと見つめてくる。やめてくれ。美女に見つめられるならともかく、ジジイに見つめられても嬉しくない。
「おい、聞こえとらんのか。返事をせんかい、アーク・ティル・フォード!」
うわ、まさかの顔バレ? というかこの女どもも俺の身分知ってたっていう?
「……アークは俺だけど……」
「うむ、分かっておる」
ジジイはしれっとのたまう。女どもが口々に、「お帰りなさいませ、師匠」「師匠、こいつどうしましょう」と言うことからして、このジジイが女どもの「師匠」のようだ。間違いなく、魔術の。
魔術師ってのはプライドが高い奴が多く、しかも偏屈だと聞いた。下手に出れば丸焼きにしてその日の食卓に並べられてしまう……なんて都市伝説があるくらいだ。仕方ないが、ここは正直に事実を話すのが得策だろう。
俺は立ち上がり、ジジイの前で頭を下げた。
「お邪魔して申し訳ありません。実は、遠乗りの最中、所用がありまして……」
「うむ、小だったな」
「……」
なぜ知ってる。
「それで、この家のお嬢さんにお手洗いを貸してもらいまして……」
「おお、サランだったか。やはりあの子はわしの思ったように立ち回ってくれるのー」
あの女はサランというのか。周りの女どもの反応からして、やはり最初に会った女は席を外していて……サランだな。よし、今覚えた。
……というか、このジジイにしても女どもにしても、やたら俺のことに詳しいよな……。最初から「公子」って呼んだし、このジジイにおいては便所のことも知ってるし。
「……ほほう、不思議そうな顔をしとるな」
いきなりジジイの顔どアップが目の前に飛び込んできて、俺は思わず小さな悲鳴を上げた。女々しかったのは分かっているが、だって……この顔だぞ? 干からびて倉庫の隅に放置されたリンゴを思わせる顔だぞ?
「無理もなかろう。わしはフォルセス随一の大魔術師、タローじゃ!」
魔術師……タローだって?