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「もし分かればって……分かるものなのか?」
俺の問いに、ジジイは頷いた。
「もちろん。この場合、同じ記憶を共有する者が見つかればいいんじゃ」
「同じ記憶?」
「つまり、その少年本人じゃ」
ここからは専門的な魔法の話になるからか、いくぶん語気を和らげてジジイは説明する。
「記憶を無理に引き出すのは危険じゃと言った。だが、もし同じ記憶を持つ者がいれば……それは簡単に察知できるんじゃ。わしは一度、サラン本人の了解を得て、あの子の記憶の一部を垣間見た。もし、その同じ記憶の登場人物たる少年が現れれば、すぐ分かるんじゃよ。その少年の意志には関わらず、な」
つまり……同じ記憶を持っているからこそ、ジジイは少年を捜すことができるんだと。魔法の弊害ってものかもしれないな。
「でもって、それからしばらくしてわしはフォード公爵邸付近から注文を受け、薬の配達に向かった」
当時、ジジイの家はフォルセス首都の片田舎にあったらしい。だから、ジジイにとってフォード公国に入るのは久しぶりだった。そんな時……。
「馬で街道を爆走する青年に出会ったんじゃ。といっても、向こうはわしには気付かず、あっという間にすれ違って道を駆け下っていったんじゃがの」
青年は背後で騒ぐお供に目もくれず、満面の笑顔で馬を駆け、フォード市街地を駆け抜けていったという。ジジイにとっては一瞬の出来事だったが、それだけで十分だった。
「わしには一瞬で分かった。サランの記憶と、同じ空気を感じ取った。さっきの爆走男こそ、サランの記憶の共有者だとな」
……そういうことだったのか。
もちろん、その爆走男は紛れもない俺だ。二年くらい前に、勝手に屋敷を飛び出して親父に雷落とされたのは今でも記憶に残っているから。当然、その道中に枯れ木のようなじいさんとすれ違ったことなんて知るはずもないが、その時既に、じいさんは俺に目を付けていたんだな……。
「そういうわけで、わしは是が非でも、サランとその爆走男を会わせたいと思ったんじゃ。幼い頃の約束といえど、サランにとっては思い出の人になるからの」
しかし……当時の俺は相当マセてたんだな。俺でもそんな記憶、忘れていたが、見知らぬ少女に結婚指輪を差し出すとは、まあなんというか……。
俺の意志とは反対に、顔が熱くなってくる。つまり、俺とサランはそんな古くからの付き合いだったんだ。たった一度出会っただけだが、それでもお互い、大きくなっても記憶の片隅にその時の思い出を残していたんだ。
「貴様が先日、その時のことを夢に見たというのは正直、驚きじゃった」
ジジイは言う。あれは、ユイの読み聞かせの効果だとは思うが、ジジイでも予測してなかったんだな。
「まあ、こちらにとっては好都合だったがな。おかげで今、貴様の記憶をほじり出す必要もなくなったんじゃ」
「そりゃ、よかったよ」
ジジイの言いたいことは分かった。だが。
「……強行突破という手はなかったんだな」
「馬鹿たれ」
あいてっ。再び頭上にたらい落下。
「無理にフォードの公子を引き出したとしてもサランが納得するはずなかろうが。それに、強引ではロマンチックの欠片もないじゃろ」
じいさんに「ロマンチック」なんて言われても悪寒が走るだけなんだが……まあ、女の子はロマンチックな出会いを求めているというし、ここはジジイの気遣いを褒め称えるべきか。
「というわけで、わしらの壮大なプロジェクトが始まったのじゃ」
と、「ばばーん」と効果音が付きそうなくらい、仰々しく宣言したジジイ、だったが……。
……ん? わし、ら?
「ら、ってことは、もしかしてシャリーたちも?」
「そうじゃ。シャリー以下四人も快く協力してくれたぞ」
な、なんだと? ということはやっぱり、ジジイとシャリーたちは結託していたんだな!? 妙に、サランだけ会話から弾かれるシーンが多いと思ったら……。
「まずは、下準備じゃ。記憶の少年がいいところの坊ちゃんだと分かった以上、下手には出られない。いくら辺境の偏屈貴族といえど、公家は公家。サランはわしの弟子ではあるが、身分としては皆無に近いからの」
確かに……名無しに等しいサランと俺を引き合わせるのだけでも、一苦労だろう。ただでさえ俺は決まった相手を持たず、縁談も持ちかけられるような立場だったんだから、そこに村娘が介入するのは不可能と言えるだろう。
「いきなりだと諸侯が反発する。思い出なんて理由にもならない。だからこそ、わしの立場を十分に発揮できる場を設けたんじゃ」
発揮できる場……? そんなのあったか?
何のことなのかと、まだほかほかと暖かい紅茶カップを手に思案する俺をしばらく眺め、ジジイは徐に口を開いた。
「貴様は覚えとるか? そもそも貴様が遠乗りをしてわしの家に転がり込むようになった理由を」
「理由?」
理由って言われれば……確か、見合い書の始末をしたからご褒美として遠乗りの許可をもらったんだよな。で、そもそも見合い書が殺到したのは領内で金鉱が発見されたからであって……。
「……ひょっとして、金鉱?」
「ぴんぽーん、じゃ」
さっと、どこからともなく一枚の書類を取り出すジジイ。
「これはフォード領内にある金鉱の所有証明書じゃ。ほれ、フォルセス国王の印も押してあるじゃろ」
寄越された書類を見ると、確かに。「フォード公国内の金鉱の所有権を、大魔術師タローに委託する」と親父の筆で書かれ、その下方にはフォード家の印とフォルセス陛下の印が並んで押されていた。たった一枚しかない、公文書だ。
「フォード領内に古い金鉱があるのは知っておった。以前からちょくちょく、金塊を失敬していたからの」
盗むな。
「だが、この存在は切り札になった。金鉱が発掘されれば、各地の諸侯も一気にフォードに目を向ける。娘を持つ諸侯は我先にと見合い書を送り出す。フォード公爵の気質を考えても、自ら進んで金鉱管理するような方ではない。もし娘が嫁げられたら、その所有権は嫁の父方のものになる可能性が高い。金鉱目当てで見合い書が送られてきていたということは貴様も重々承知しているであろう?」
「そりゃ、もちろん」
だからこそ、見合い書始末は嫌で嫌で仕方がなかったんだ。
「だが、魔力を持たない諸侯に金鉱が渡されるより、金の使い方に精通した大魔術師の手に渡った方が後先も明るいと、皆思うじゃろう?」
「……それも計算のうちだったのか?」
「もちろんじゃ」
いくら優柔不断で適当な親父でも、そこらの諸侯よりはタロージジイに託した方が安心できる。なおかつ、フォルセスの陛下もお喜びになる。その点で、諸侯<ジジイの図式が成り立つんだ。魔法に詳しくなく、あまり魔術師を快く思っていない諸侯でも、この件についてはぐうの音も出ないんだろう。
「旅人に金鉱を発見させたのもわしじゃ。偶然を装い、金鉱の入口を発見させる。旅人は当然、喜び勇んで陛下にご報告する。後はまあ、貴様も知っての通りの展開じゃ」
……つまり、俺の遠乗りまではじじいの期待通りに物事が進んだんだな。
手の平で踊らせられたと思うと、ちっともおもしろくなかった。