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俺と彼女らの7日間  作者: 瀬尾優梨
7日目 花嫁と4人の小姑
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 馬車のステップを降ろし、サランに手を差し出して馬車に乗る手助けをする。貴族の令嬢みたいな乗り方に遠慮したのか、なかなか手を取ろうとしないサランだが、背後からお節介焼きな姉に背中を押されたため、仕方なく俺の手を取って馬車に上がった。

「サラン、嫌なことがあったらいつでも帰ってきなさい」

 さっきから何度も口にしていることをなおも、口を酸っぱくして忠告するリンリン。今はもうサランが馬車に乗り込んでいるから、背伸びして馬車の窓枠に手を掛けている。

「男は狼だから、身の危険を感じたらすぐに叫ぶこと! 意に添わぬことをされたら平手を喰らわせること! 襲われそうになったら×××を蹴り飛ばすこと! いい!?」

「あ、はい……」

 隣に俺がいるもんだから、サランも俺の顔を伺いながら曖昧に頷くしかできない。だが……姉たちの心配も、分からなくはないから、大目に見ることにする。

「公子様もだよーサランをちゃんと大切にしてよねー」

 俺の方の窓枠をバンバン叩きながらテディも言う。その背後では、クリップボードを脇に抱えたユイも少々渋い顔をしていた。

「確かに、この先私たちはおいそれとは屋敷へ行けません。サランのことはほぼ、アーク殿に任せっきりにすることになりますね……」

「心配ありがとよ」

 窓を壊されてはたまんないから、窓を開けてテディの手を払いのけた。

「サランのことは任せてくれ。大切にするから」


 俺のすぐ隣で、はっと息をのむ音が。振り返ると、俺の方をじっと見つめてくるふたつの目と視線がぶつかった。

 驚いたような、嬉しそうな輝きを持った目を見ていると……なんだか恥ずかしくなってきた。ううっ、今更だよな……すごい今更だよな。

「……ほら、リンリンも窓から手を離せ。そろそろ出発するぞ」

 照れ隠しにリンリンに当たり、御者にも出立の合図を出した。

 御者が馬に鞭をくれ、馬車の車輪がゆっくり、回りだす。それと同時に、四人姉妹もきゃあきゃあ声を上げて最後に一言と、動き出した馬車にすがりついた。

「サラン、頑張るのですよ!」

「シャイボーイ、サランを泣かしたらカミナリの刑だからね!」

「どうか、二人ともお幸せに……」

「サランをいじめないでよー! あと、いつでもうちに来なよー!」

 サランもはっとしたように、体を起こして自分側の窓を開け、滑らかに動きだした馬車の窓から身を乗り出して姉たちに手を振った。

「姉様、師匠! ありがとうございますー!」

 わあわあ叫ぶ声が、だんだん小さくなる。俺も窓から首を出してみると、うっそうと茂る木立と、その前で手を振る四人姉妹、そしてジジイがだんだん遠く、遠くなっていった。砂利を踏みしめながら馬車は街道に入り、勢いを増す。やがて、五人分の影は潰れて見えなくなり、間もなく木立も、地平の奥に隠れていった。


 この馬車は北へ向かっているから、東から太陽の光が照りつけてくる。馬車の東側にはサランが座っているから、ブラインドを降ろそうかとサランの方を見たのだが……。

 サランはまだ、窓の桟に腕をかけてじっと、馬車の後方を見つめていた。長い髪が風を受けて膨らみ、ばさばさと広がってしまっている。

「……日が眩しいだろう? 窓を閉めて、ブラインドを降ろそうか?」

 そう、優しく問うてみた。今思えば、御者を省けばこの場車内には俺とサラン二人きり。情けないことに、俺の声は少し、裏返っていた。

 ……昨夜、俺の部屋で離したときには平常でいられたのに。俺も、緊張しているみたいだな……。

 俺の声に、はっとしてサランは振り返った。その拍子に……サランの目元から、ころりと透明な水滴が転がり落ち、彼女の膝に小さな染みを作った。


 泣いている。分かった瞬間に、肝が冷えた。指先まで、一気に血の気が引いた。

「サ、サラン……?」

「あ、す、すみません……」

 サランは慌てて目元をごしごし拭い、恥ずかしそうに微笑んだ。

「少し……寂しくて。でも、もう大丈夫です」


 寂しい。やっぱり、そうだよな。

 住み慣れた家を突如出ることになって、優しい姉や師匠とも引き離され、今は気の知れぬ男と二人っきり。これからはどんなことが起きるか分からない。寂しいし、不安だろう。

「……サランも、不安かな?」

 も、が気になったんだろう。サランは意外そうに、くりくりした目をさらに大きく見開く。

「……じゃあ、アーク様も……?」

「もちろん。俺も不安だよ。シャリーたちにはあんなに偉そうに言ったけど……」

 俺の言葉に、しばらく考え込むように俯いたサラン。

「……同じ……なのですね。アーク様も、やっぱり不安で……」

「そうさ。でも……できる限りのことはするよ」

 開け放たれたままの窓から、優しい風が吹いてくる。春の草木の香りをふんだんに含んだ、清々しい空気。何か、新しいことが起こりそうな予感がする、風。


「……ゆっくり、仲よくなろうな」

 サランが、伏せていた顔を上げる。その目を覗き込むと、俺の顔がふたつ分、くっきり映って見えた。

「すぐに結婚なんて、考えなくていい。婚約者って身分だって窮屈だろう。だから……少しずつサランと仲よくなりたい。お互いのことも、ゆっくり知っていきたい」

 は、と微かな吐息が吐かれる。ひとつ、ふたつ呼吸を置き……やがて、そっと花がほころぶような笑顔が広がった。

「……よかった……私も、不安でしたから……。ゆっくりで、いいのですね……」

「ああ。まずは……仲のいい友だち、程度の関係でも。それくらいならサランも……大丈夫なんだろう?」

「はい! お気遣い、感謝します」

 と、深々と頭を下げる。友だち同士と言うより、貴人と使用人の関係みたいで……思わず、苦笑が漏れた。

「……この辺も、ちょっとずつ変わっていくといいな」

「え、何がですか?」

「いや、何でもないよ」

 きょとんとしてこっちを見てくるサラン。少し、笑いかけてみると、照れたように笑い返してくれた。



 これで、いいんだろう。

 俺たちの関係はここから始まればいい。

 ゆっくり時間を掛けて、いろんな出来事を通して……それで、だんだんと関係も変わってこれば、いいんだろう。


 俺たちの結婚生活への道のりは、ようやく入り口付近にたどり着いたところだった。



 めでたしめでたし







 いや、あんまりめでたくないから。読者の皆さんも、俺も……まだ、納得しきれてない点があるっての。そりゃ、最初っからツッコミ所満載でしたとも。

 

 そーゆーわけで、もうちょっとお付き合いくださいな。このストーリーの裏側……真実ってモンを一緒に見ていってもらおうじゃないか。

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