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その後、早めに下に降りてきたテディの手も借りてクロウを厩舎から出し、うっそうとした木立を抜けて、サランが大量のの荷物を持ってやって来るのを広々とした街道前で出迎えた。クロウはようやくシャバに出られて嬉しいのか、ひっきりなしに俺の脇腹に鼻面を押しつけてきた。クロウ、おまえにも迷惑をかけたな。
だが、やって来たサランは中サイズのトランクのみを抱えていた。もっと荷があると思ってたもんだから、ひと抱えほどの鞄一杯分のみの量に、つい尋ねてしまった。
「それだけか? 服とか本とか……もうちょっとあるだろう?」
「いえ、本当に必要なのはこれだけなんです」
言いながら、鞄の端からはみ出していた何か紐のようなものを慌てて中に押し込むサラン。俺の目が正しければ、さっきのはキャミソー……いや、これ以上言うのはやめておこう。
「服も、そんなに持っていないので。あと、大きな本や雑貨や、お薬セットはまだ置いておきます。落ち着いてきたら少しずつ運び出した方がいいかな、と思いまして……」
だめでしょうか? と戸惑いがちの眼差しで聞かれるが、むしろその気遣いに感謝したくらいだった。サランの性格からしてありえないだろうが……馬車の荷台いっぱいにトランクが積まれる可能性も考えてはいたが、少ない分に越したことはない。服だって、母さんに任せればいくらでも調達してくれるだろう。母さん、その辺は異様に気が回るから。
準備のいいシャリーが御者を調達してきておいたらしく、間もなく礼儀正しそうな若い御者が到着した。彼は俺たちに一礼し、馬車用の馬とは別にクロウを馬車に繋ぎ、慣れた仕草で御者台に上がった。
俺の片腕で楽に持ち上げられる重量のトランクを荷台に置き、あとユイが回収してきたという、俺の服や手紙、小遣いの入った財布などをその脇に置く。
「それにしても……考えてみれば急よね」
よたよた家から出てきたジジイの肩を支えながら、リンリンが感慨深げに口にした。
「シャイボーイがうちに来たのが六日前。今日のついさっき、結婚相手をサランに決めて早々出て行っちゃうんだもの」
「……そうだな。これまでおまえたちにも世話になった」
この七日間の気遣いに感謝して、そう言ったんだが……俺の言葉に意外そうに一同、目を丸くする。
「まあ……何をおっしゃいますの。まるで、今生の別れのような言い方ではありませんか」
「……は?」
「あのね、サランにとってあたしたちは姉なんだから、サランが結婚したって姉妹の関係は崩れないんだよ」
物わかりの悪い三歳児を諭すかのような口調で、テディが言う。
「つまりー、公子様にとっても、あたしたちはお姉さんになるってわけ。よかったねー、一度に一気に四人も姉ができるんだよ」
「……え?」
あ……確かに。嫁(って言うのも憚られるが……)の姉なら、俺にとっては義理の姉。つまりは小姑。それが四人、一度にやってきたってわけだ。
ぼんやりと、これから先のことが思い浮かんだ。俺とサランが二人でまったりと、屋敷の広間でお茶でもしている。そこへノックなしに飛び込んでくるリンリン。俺たちの結婚生活を逐一観察しに来るユイ。差し入れだと言ってゲテモノをタッパに詰めてやって来るシャリー。うちの広い庭を走り回り、ひたすら筋トレするテディ。姉たちの奇行をぼんやりと眺めるサラン。それを黙って見つめるしかない、俺。
……あれ、なんだか普通にありえそうで泣けてきた。てっきり、結婚相手を一人決めればすっきり丸く収まるかと思ってたんだが、小姑ってモンも一生付いてくるんだ。屋敷の中では偉いはずの俺も、この家の面子の中では一切発言権を持たない……否、与えられない。俺が嫁以外の姉妹と別離する未来は、存在しないようだった。
どんよりと一気に曇り空になる俺とは対照的に、サランはぱあっと顔を明るくしてシャリーの手を取った。
「本当ですか!? これからも姉様方とお会いできるんですね!」
「もちろんですわ。それに、何かありましたらすぐに駆けつけますもの。もちろん、アーク殿が許されたら、のことですが……」
うっ、サランよ、そんな期待に満ちた眼差しで見つめてこないでくれ……分かったから。おまえたちの仲が俺程度じゃ切り離せないこと、もう痛いほど理解しましたから……。
「……あ、ああ。こっちの生活に支障を来さない程度なら、いつでも来てくれて……構わないぞ」
「ありがとうございます、アーク様!」
満面の笑顔で喜ぶサランを見ていると……あー、やっぱこれでもいいんだな……と思えたりする。いろいろと重傷だな、俺。