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源頼朝の母、Kickへ参る。〜ユキッカーズに入ったら、母がいちばん手がかかった〜

掲載日:2026/09/06

本作は実在の配信サービスKickと配信者グループ・ユキッカーズを舞台にした、非公式のフィクションです。由良御前の加入、登場する配信者の発言・交流、企画およびゲームはすべて創作であり、実際の出来事や公式企画を示すものではありません。

 Kickで初めてレイドを受けたとき、私はちょうど、包丁を研いでいた。


『ユキちゃんのところから来ました!』

『レイドです』

『御前いた』

『なんで武器研いでるの』


 突然、コメント欄に知らない名前があふれた。

 私は砥石から手を離した。


「レイドとは」


「配信を終える人が、視聴者を別の配信へ送り出すこと」


 妹の真帆が、隣から説明した。


「なるほど。では、よく参られた。刃物を持っての出迎え、失礼した」


『治安のいい山賊』

『この人が例の母?』


「そうじゃ。源頼朝の母、由良である」


『鎌倉から配信してるの?』


「名古屋」


『急に近い』


 洗った包丁を布巾で拭いていると、ひときわ短いコメントが来た。


『ユキちゃん:こんばんは!』


 真帆が、私の肘をつついた。


「送ってくれた配信者さん」


「おお。援軍、かたじけない」


『ユキちゃん:料理うまそう!』


「うむ。しかし今日は、作らぬ」


 私は包丁を片づけ、ゲームのコントローラーを持った。


「今日は、誰かに飯を作らせたい」


     ◆


 私の今世の名前は、早瀬ゆら。

 前世では源義朝の妻で、頼朝の母だった。


 現代の日本に生まれ直し、スーパーの総菜売場で働き、妹に勧められて配信を始めた。

 投げ銭をした視聴者に「まず飯を食え」と説教した動画が広まって、いまでは小さな料理番組まで持っている。


 番組名は『ゆらの台所』。

 私の名前がついた、大切な仕事だ。


 ただ、仕事が終わってからも、料理のことばかり考えていると気づいた。


 朝は売場で唐揚げを揚げる。

 帰ると番組の献立を考える。

 配信では視聴者の晩飯を聞く。


 布団に入ってから、明日の小松菜が何束いるかを数えていた夜、私は真帆に言った。


「今世、私ばかり火を通しておらぬか」


「料理の人だからね」


「少し、遊びたい」


 真帆は、意外そうにはしなかった。


「いいじゃん。何やる?」


 それで、Kickを始めることにした。

 気になる配信者が何人もいて、一緒に遊べたら楽しそうだったからだ。


 番組の仕事はこれまでどおり続けると、契約先とも話した。真帆と決めたゲーム配信の時間は、土曜の夜九時から十一時。夕飯は八時までに食べる。


 前に大会で勝ちたくて、妹を空腹のまま働かせたことがある。

 同じことは、もうしたくなかった。


「でもさ、姉ちゃん」


 真帆は私のKickのプロフィールを見て言った。


「『所属・河内源氏』は、いまの所属として書かないで」


「由緒は確かじゃ」


「連絡つかないでしょう」


 たしかに、先方の確認が取れなかった。


     ◆


 Kick最初のゲームは、食堂を経営するものだった。


「また料理じゃん」


「私が切らずに済む」


 ところが、雇った店員が通路に詰まり、客は帰らず、洗い場に皿が積み上がった。

 私はすぐに前のめりになった。


「そこをどけ。後ろが通れぬ」


『厨房のおばちゃんだ』

『頼朝の母がバイトリーダーやってる』


「人を雇えば楽になると申した者、出て参れ」


『店長、入り口に冷蔵庫置いてます』


 置いていた。


 真帆が笑いながら画面を指し、私は冷蔵庫を動かした。

 滞っていた店員たちが、ぞろぞろと歩き始めた。


「通った……」


『世直しみたいな顔するな』


 ユキちゃんも、その場に残って見てくれていた。


 その晩から、私はほかの配信にも遊びに行くようになった。

 自分の画面では答える側だったが、ほかの人の画面では、私もただの視聴者だ。


 面白ければ笑う。

 ゲームの行き先がわからなければ、一緒に迷う。

 夕飯を食べたか聞こうとして、三人が先に同じことを聞いているのを見て、そっと指を止める。


 ユキちゃんの配信で挨拶すると、こんな返事が来た。


「御前、こんばんは。今日はもう食べたよ」


 私はまだ、何も聞いていなかった。


 何度か一緒に話したあと、配信用の連絡先に誘いが届いた。


 ユキッカーズに入りませんか。


 私はその一文を、二度読んだ。


     ◆


 通話で、私は一つ質問した。


「入った場合、御恩は」


「ごおん?」


「得られるものじゃ」


「一緒に配信するとか。企画やるとか」


「なるほど。奉公は」


「仲よくしてください」


 真帆が、机に額をつけた。


「現代のサークルに鎌倉の制度を持ち込まないで」


「条件を確かめておる」


「一族単位の契約じゃないんだよ」


 ユキちゃんは笑ってから、言った。


「まず、やってみたい企画ある?」


 私は用意していた紙を持ち上げた。


 料理。作り置き。朝ごはん。配信前の腹ごしらえ。


 ユキちゃんは、最後まで聞いてくれた。

 それから、こう言った。


「ホラーゲームとかは?」


「……なぜ、そちらへ進軍する」


「一緒にやったら面白そうだから」


「料理のできる者を探しておったのではないのか」


「ゆらさんと遊びたいんだけど」


 紙を持つ指が止まった。


 私は勧誘を受けてからずっと、何を持っていけば役に立つか、何をすれば喜ばれるかを考えていた。

 遊びたいからKickを始めたことは、紙のどこにも書いていなかった。


「少し、考えてよいか」


「もちろん」


 通話を終えると、真帆が言った。


「姉ちゃん、怖いんだ」


「怖くはない」


「じゃあ決まりだね」


 妹というものは、逃げ道を見つけるのがうまい。

 そして、だいたい閉じる。


     ◆


 私はユキッカーズに入った。


 自分の番組や仕事の予定も伝え、できることを話し合ったうえでの加入だった。

 告知用の画像には、見慣れた自分の顔と、まだ見慣れないグループの名前が並んだ。


 真帆が作ってくれた私の紹介は、短かった。


『ゆら御前。料理と雑談。協力ゲームはこれから。』


「この最後の行は、弱くないか」


「これから強くなる余地があります」


 私はうなずき、画像をもう一度見た。


 加入後の最初の配信で、グループの約束事について話した。

 配信の終わりには仲間の配信へレイドをする。仲よくする。グループ内で恋愛をしない。


「なるほど。あちこちで色恋を起こさぬ。よいことじゃ」


『誰を思い出した?』


「先へ進む」


『今すごい義朝が通った』


 コメント欄に、前からの常連と、Kickで知り合った人たちの名前が混ざっていた。


『御前が加入したら、ユキッカーズ全員ちゃんと飯食うようになりそう』

『お母さん枠きた』

『食事係だな』


 私はうなずきかけて、手元の予定表を見た。


 歓迎コラボ。

 ホラーゲーム。


 その下に、真帆の字で書いてあった。


『全員、自分で夕飯を済ませて集合』


     ◆


 当日の参加者は、ユキちゃん、むらまこさん、野田草履さん、そして私。

 四人ともそれぞれKickで配信しながら、同じゲームに入った。


 ゲームの名前は『深夜旅館・四名様』。


 閉じ込められた旅館を四人で探索し、四枚の木札を集めて玄関の台に戻せば脱出できる。

 追いかけてくる「客」からは、押し入れや物陰に隠れてやり過ごす。捕まると札をその場に落とし、少し待ってから玄関でやり直しになる。


 これなら、死人は出ない。

 元死人としては、ありがたい仕様だ。


 画面には、最後にもう一つ注意が出た。


『声を真似る客にご注意ください』


 説明によれば、「客」は私たちの話した言葉を覚え、あとで繰り返すらしい。こちらの話し声を聞きつけて、近づいてくることもある。


「接客の練習でもしておるのか」


「そういう意味じゃないと思う」


 むらまこさんが言った。


 声はゲーム内の通話を使う。近くにいる仲間ほど、よく聞こえる仕組みだ。

 私の声がちゃんと届いているか、最初に四人で確認した。


「聞こえるか」


「聞こえるよ」


「飯は」


「全員食べた!」


 声がそろった。


『点呼の精度高い』

『開幕から母の仕事がない』


 私は咳払いした。


「では、参ろう」


 先頭を歩こうとして、壁にぶつかった。


「御前、そっち壁」


「承知しておる。壁の堅さを」


「確認しなくていいから」


 真帆は隣で、両手を口に当てていた。

 普段の番組では、私をよく見せるために働いている妹だ。

 今日は、隠すつもりがないらしかった。


 一枚目の札は、食堂にあった。

 私はそれを拾い、得意になって振り返った。


「見よ。台所に来れば、私のものじゃ」


 振り返った先に、白い顔がいた。


 私は椅子ごと跳ねた。


「どちら様ァ!」


 次の瞬間、ゲームの中の私は玄関に戻されていた。


 遠くで、ユキちゃんが笑っていた。


「ホラーゲームで、そんな丁寧な悲鳴ある?」


『絶叫の最後に敬語残った』

『由良御前、来客対応で死亡』


「死んでおらぬ。玄関におる」


『同じじゃんw』


「かなり違う」


 野田さんが戻ってきた。


「落とした札、拾っておいたよ」


「かたじけない」


「で、もう一回行こう」


「もう一回?」


 現代の武士は、立ち直りが早かった。


     ◆


 二枚目の札を取るころには、私は戸を開けられるようになっていた。

 戸を開けるために立ち止まる場所が、まだ少し遠い。

 むらまこさんが後ろから来て、先に開けてくれる。


「すまぬ」


「いいよ。こっちにあった?」


「なかった」


「じゃあ次」


 次の部屋に行く。

 札を探す。

 私が家具に引っかかる。


「すまぬ」


「一回下がってみて」


「うむ」


 出られた。

 そのかわり、廊下にいた「客」に見つかった。


 私が逃げ、野田さんも逃げ、同じ押し入れに入ろうとして二人ともつかまった。


『押し入れ定員一名だって』

『御前、引き戸にも人にも引っかかる』


 玄関で、野田さんの人形と並んだ。

 私はコントローラーを握り直した。


「すまぬ」


「今のは僕も入りたかったから」


 野田さんは笑っていた。

 責められてはいなかった。

 責められていないのに、私は喉の奥が狭くなるのを感じた。


 仲間の役に立とうとして、仲間の手間を増やしている。


 配信画面の端には、加入告知に使った画像が置いてある。

 ユキッカーズ。ゆら御前。


 こんなに大きく名前を出してもらって、私は戸もまともに開けられない。


 そのとき、一つのコメントが目に入った。


『御前、料理だけやってた方がよくない?』


 悪気があったのか、なかったのかはわからない。

 私は、そうかもしれぬ、と思った。


「私、玄関におろうか」


 近くに戻ってきていたユキちゃんが、足を止めた。


「なんで?」


「ここなら、邪魔にならぬ」


「四人でやるために呼んだんだけど」


 私は返事をしなかった。


「玄関が好きなら、別にいいけど」


「好きではない」


「じゃあ行こうよ」


 軽い声だった。

 役に立つから来いとも、我慢して来いとも言わなかった。


 私は、隣の真帆を見た。


 彼女は私の配信の音を聞くためのイヤホンを片方外し、小さな声で言った。


「冷蔵庫、入り口に置いたことある人だから。最初から」


「覚えておる」


「それ見て誘ってくれたんだよ」


 私は画面を見た。

 ユキちゃんの人形が、玄関の上がり框で、こちらを待っていた。


「……では、戸の開け方を、もう一度」


「いいよ」


 教わった。

 今度は、自分で開いた。


     ◆


 一時間ほどで、三枚の札が玄関の台にそろった。


 私の移動も、いくらかましになった。

 床に何か落ちていると拾いたくなる癖は残っていたが、札と座布団の違いは見分けられる。


「最後の一枚、二階かな」


 ユキちゃんの声に、三人でついていった。

 むらまこさんが廊下の右を、野田さんが左を探す。

 私はユキちゃんと一緒に、突き当たりの部屋へ入った。


 部屋の奥に、小さな書き物机があった。

 その上に、四枚目の札。


「あった」


「御前、取って。私、廊下見てる」


 私は机に近づいた。

 今度は、きちんと拾えた。


 振り返ると、誰もいなかった。


 廊下のどこかで、戸が閉まる音がした。

 視界の端を、白いものが横切った。


「ゆらさん、こっち」


 ユキちゃんの声だった。

 私は戸口へ進もうとして、止まった。


 反対側からも、声がした。


「こっち、こっち」


 同じ声だった。


 私はコントローラーを持ち上げるようにして、画面を見た。

 どちらの廊下にも、人影は見えない。


『あ、声まね来た』

『御前が試されてる』


 最初の注意書きが、ようやく役に立った。

 この旅館には、仲間の声を真似る「客」がいる。


 右か、左か。


 どちらへ行こうとしても、誰かが呼んだ。

 しかも、片方には「大丈夫だよ」という優しい一言までついていた。


 その言い方は知っている。

 さっき私が階段の下で止まったとき、ユキちゃんが言った言葉だ。


 私は唇をなめた。


「ユキちゃん」


「こっち」


「晩飯、何を食うた」


 右から、返事が来た。


「大丈夫だよ」


 左からも、返事が来た。


「いま、それ聞く!?」


 私は左を向いた。


「念のためじゃ。何を」


「カレー! レトルトの!」


「うむ」


『食事確認が本人認証になった』

『御前のしつこさが役に立ってる』


 右から、もう一度「大丈夫だよ」と聞こえた。


 私はそちらをにらんだ。


「飯の問いに答えぬ者についてはいかぬ」


『その判定いつもやってるやつ』


 左の戸口へ近づくと、ユキちゃんの人形がいた。

 今度は本物だ。


「よかった。今の、すごくない?」


「家族の声と申しても、返事が同じでは困るからな」


 私は得意になった。

 得意になったので、角を曲がるとき、周囲を見なかった。


 白い顔が、すぐそこにいた。


「やはり存じ上げぬゥ!」


 私は近くの押し入れに飛び込んだ。


 今度は、入れた。

 一人で入れた。


 戸を閉めると、画面がほとんど真っ暗になった。

 自分が札を持っている表示だけが、隅に小さく残っている。


 廊下を何かが歩いていた。

 足音が、押し入れの前で止まった。


 私は息を止めた。


 戸の向こうから、声がした。


「飯は」


 私の声だった。


 隣で真帆が、椅子からずり落ちかけた。


『一番いやな相手来た』

『お前が母になるんだよ』

『御前、飯食った?』


 私はゲームの中の「客」に、少しだけ同情した。

 この声で廊下を歩き回られたら、何をしていても落ち着かない。


 また、私の声が聞いた。


「飯は」


 私は口を開きかけ、慌てて閉じた。

 押し入れの中で声を出したら、隠れているのがばれる。


 真帆が自分の配信監視用の音を小さくした。

 廊下の足音を、二人で聞いた。


 遠ざかった。

 戻ってきた。


「飯は」


 いまなら少し、視聴者の気持ちがわかった。


     ◆


 私は、押し入れから出られなくなった。


 戸の前を「客」が往復している。

 声を出せば見つかりそうで、黙っていれば、仲間も私がどこにいるかわからない。


 札を落として玄関に戻されれば、また誰かに拾ってもらうことになる。

 やっと見つけた四枚目だ。


 私は、札の表示を見ていた。


「御前?」


 近くで、むらまこさんの声がした。


 私はまた口を開きかけた。


 助けに来てもらって、また一緒につかまったら。

 ようやく三人が集めた札を、私のせいで――。


 隣で、真帆が言った。


「姉ちゃんの配信、押し入れの板、すごくよく見えるよ」


 私は画面を見た。

 木目しか映っていなかった。


『板に詳しくなった』

『いま我々は何を見せられているんだ』

『御前が押し入れと和睦するのを待ってる』


 私は笑ってしまった。

 マイクが拾わないくらい、小さく。


 皆と遊びたかった。

 そのために誘ってもらった。

 なのに私は、誰にも迷惑をかけずに、木目を配信している。


「むらまこさん」


 声を出した。


「どこ?」


「二階の突き当たり。右の押し入れじゃ。札はある」


「ああ、そこか」


 すぐ近くで、足音が止まった。

 私は急いで続けた。


「一人では出られぬ。手を貸してくれ」


「了解」


 むらまこさんの声が遠ざかり、別の足音が近づいてきた。


「ここから出たら、左ね」


 野田さんだった。


「左」


「うん。僕がいる方。階段まで一緒に行こう」


 廊下の少し先から、ユキちゃんの声がした。


「お客さまー。こっちですよー」


 白い顔を引きつけているらしかった。

 足音が、そちらへ向かった。


「今、出て!」


 押し入れの戸を開けた。

 左に、人形がいた。


 私は、今度こそ自分で聞いた。


「野田さん、いま手を振れるか」


「手は振れないから、しゃがむね」


 人形が、ぴょこぴょこと沈んだ。


「よし。ついていく」


 二人で廊下を走った。


 後ろで、私の声が叫んでいた。


「飯は!」


「食うたわ!」


 今度は、こらえきれずに言い返した。


 階段を駆け下りると、むらまこさんが玄関へ通じる戸を開けて待っていた。


「御前、札!」


「承知!」


 私は玄関の台に駆け寄った。

 あと少しで触れるというところで、いつものように遠すぎて止まった。


『一歩!』

『あと一歩前!』


 真帆も、隣で指を一本立てていた。


 一歩、前に出た。


 札が台に収まった。


 四枚が光り、玄関の扉が開いた。

 むらまこさんと野田さんが外へ出る。

 私も続こうとして、振り返った。


 ユキちゃんが、階段を駆け下りてきた。

 その後ろから白い顔が追ってきている。


「ユキちゃん、こちらじゃ!」


「わかってる!」


 私は扉の脇へ寄った。

 入り口を塞がない。

 これは、もう知っている。


 ユキちゃんが飛び出してきた。

 私も、外へ出た。


 画面が明るくなった。


 四人の人形が、旅館の前に並んでいた。


 脱出成功。


 私はコントローラーを置いて、両手で顔を覆った。


「ああ、怖かった」


「怖くないって言ってなかった?」


 真帆に言われた。


「あれは、入る前の見解じゃ」


 通話の向こうで、三人が笑った。


 私も笑った。

 息を吸うと、胸が少し痛いくらいだった。


     ◆


「もう一回やる?」


 ユキちゃんが聞いた。


 私は時計を見た。

 十時三十五分。

 もう一回やれば、約束した十一時を越えそうだった。


「また、来週でもよいか」


「いいよ」


 むらまこさんが言った。


「次はもうちょっと早く出られるでしょ」


「うむ。戸は開けられる」


「伸びしろがすごい」


 私は笑った。

 さっきほど、胸に刺さらなかった。


 ゲームを閉じ、四人で少しだけ話した。

 私が何回玄関に戻されたかで、皆の記憶が違っていた。野田さんは、一度、私と間違えて「客」についていきかけたと言った。


「だって、飯は、って聞くから」


「次からは、返事を待つ私についてこい」


「わかった」


『偽物と本物の差が食への執着』


 笑っているうちに、終了の時間になった。


 ユキちゃんの枠では、もう少し雑談を続けるという。

 私は自分の配信に向かって言った。


「まだ話したい者は、ユキちゃんのところへ参ろう。私はここまでにする」


 そして、レイドの操作をした。


 最初の夜は、知らない人たちが私の画面へやってきた。

 今夜は、私が送り出す番だ。


「本日は、助けてくれてありがとう」


 配信を終えてからも、私はしばらく、ユキちゃんの画面を見ていた。


『御前のところから来ました』

『押し入れから生還しました』

『母がお世話になりました』


「誰が挨拶しておるんじゃ」


 隣で真帆が笑った。


 私の終了した画面には、今夜の配信タイトルが残っていた。


『ユキッカーズ歓迎コラボ。母が来たので安心せよ。』


「切り抜きは、題を変えるか」


「今夜のやつ?」


「うむ」


 真帆は少し考え、編集用のメモに題名を打ち込んだ。


『ユキッカーズ歓迎コラボ。母を助けてくれ。』


「よい」


 私は、それを見て笑った。


     ◆


 次の料理配信で、私はみそ汁を作った。


『たまご特売:ホラーのアーカイブ見ました。電車で笑ってしまった』


「車内では気をつけよ」


『カジ丸:押し入れ、守り堅かったっすね』


「籠城を好んだわけではない」


『またやってください』


「来週、続きがある」


 そう言うと、いくつもコメントが流れた。

 前から私を見てくれている人。Kickで知り合った人。ゲームの切り抜きを見て、初めて料理を見に来た人。


 私は鍋をかき混ぜた。


「料理は、こちらで任されよう」


 それから、カメラを見た。


「あちらでは、しばらく戸の開け方から教わる」


 母だから、何もかも知っている顔をしていたのだと思う。

 教えられることを探すのは得意になった。

 教わりたいと言うのは、まだ少し下手だった。


 しかし、来週も呼んでもらえた。


 それがうれしくて、気を抜くと笑ってしまう。


 鍋の横で、スマートフォンが震えた。

 母からだった。


『動画見ました。お友達に迷惑かけてない?』


 私は少し考えた。

 返事は、配信が終わってから送った。


『少しかけた。でも、また一緒に遊ぶ約束をしたよ』


 すぐに返ってきた。


『よかったね。晩ごはんは食べた?』


 私は、食べたばかりの空の茶碗を見た。


 どうやら、この癖は前世だけのものではなかった。

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