源頼朝の母、Kickへ参る。〜ユキッカーズに入ったら、母がいちばん手がかかった〜
本作は実在の配信サービスKickと配信者グループ・ユキッカーズを舞台にした、非公式のフィクションです。由良御前の加入、登場する配信者の発言・交流、企画およびゲームはすべて創作であり、実際の出来事や公式企画を示すものではありません。
Kickで初めてレイドを受けたとき、私はちょうど、包丁を研いでいた。
『ユキちゃんのところから来ました!』
『レイドです』
『御前いた』
『なんで武器研いでるの』
突然、コメント欄に知らない名前があふれた。
私は砥石から手を離した。
「レイドとは」
「配信を終える人が、視聴者を別の配信へ送り出すこと」
妹の真帆が、隣から説明した。
「なるほど。では、よく参られた。刃物を持っての出迎え、失礼した」
『治安のいい山賊』
『この人が例の母?』
「そうじゃ。源頼朝の母、由良である」
『鎌倉から配信してるの?』
「名古屋」
『急に近い』
洗った包丁を布巾で拭いていると、ひときわ短いコメントが来た。
『ユキちゃん:こんばんは!』
真帆が、私の肘をつついた。
「送ってくれた配信者さん」
「おお。援軍、かたじけない」
『ユキちゃん:料理うまそう!』
「うむ。しかし今日は、作らぬ」
私は包丁を片づけ、ゲームのコントローラーを持った。
「今日は、誰かに飯を作らせたい」
◆
私の今世の名前は、早瀬ゆら。
前世では源義朝の妻で、頼朝の母だった。
現代の日本に生まれ直し、スーパーの総菜売場で働き、妹に勧められて配信を始めた。
投げ銭をした視聴者に「まず飯を食え」と説教した動画が広まって、いまでは小さな料理番組まで持っている。
番組名は『ゆらの台所』。
私の名前がついた、大切な仕事だ。
ただ、仕事が終わってからも、料理のことばかり考えていると気づいた。
朝は売場で唐揚げを揚げる。
帰ると番組の献立を考える。
配信では視聴者の晩飯を聞く。
布団に入ってから、明日の小松菜が何束いるかを数えていた夜、私は真帆に言った。
「今世、私ばかり火を通しておらぬか」
「料理の人だからね」
「少し、遊びたい」
真帆は、意外そうにはしなかった。
「いいじゃん。何やる?」
それで、Kickを始めることにした。
気になる配信者が何人もいて、一緒に遊べたら楽しそうだったからだ。
番組の仕事はこれまでどおり続けると、契約先とも話した。真帆と決めたゲーム配信の時間は、土曜の夜九時から十一時。夕飯は八時までに食べる。
前に大会で勝ちたくて、妹を空腹のまま働かせたことがある。
同じことは、もうしたくなかった。
「でもさ、姉ちゃん」
真帆は私のKickのプロフィールを見て言った。
「『所属・河内源氏』は、いまの所属として書かないで」
「由緒は確かじゃ」
「連絡つかないでしょう」
たしかに、先方の確認が取れなかった。
◆
Kick最初のゲームは、食堂を経営するものだった。
「また料理じゃん」
「私が切らずに済む」
ところが、雇った店員が通路に詰まり、客は帰らず、洗い場に皿が積み上がった。
私はすぐに前のめりになった。
「そこをどけ。後ろが通れぬ」
『厨房のおばちゃんだ』
『頼朝の母がバイトリーダーやってる』
「人を雇えば楽になると申した者、出て参れ」
『店長、入り口に冷蔵庫置いてます』
置いていた。
真帆が笑いながら画面を指し、私は冷蔵庫を動かした。
滞っていた店員たちが、ぞろぞろと歩き始めた。
「通った……」
『世直しみたいな顔するな』
ユキちゃんも、その場に残って見てくれていた。
その晩から、私はほかの配信にも遊びに行くようになった。
自分の画面では答える側だったが、ほかの人の画面では、私もただの視聴者だ。
面白ければ笑う。
ゲームの行き先がわからなければ、一緒に迷う。
夕飯を食べたか聞こうとして、三人が先に同じことを聞いているのを見て、そっと指を止める。
ユキちゃんの配信で挨拶すると、こんな返事が来た。
「御前、こんばんは。今日はもう食べたよ」
私はまだ、何も聞いていなかった。
何度か一緒に話したあと、配信用の連絡先に誘いが届いた。
ユキッカーズに入りませんか。
私はその一文を、二度読んだ。
◆
通話で、私は一つ質問した。
「入った場合、御恩は」
「ごおん?」
「得られるものじゃ」
「一緒に配信するとか。企画やるとか」
「なるほど。奉公は」
「仲よくしてください」
真帆が、机に額をつけた。
「現代のサークルに鎌倉の制度を持ち込まないで」
「条件を確かめておる」
「一族単位の契約じゃないんだよ」
ユキちゃんは笑ってから、言った。
「まず、やってみたい企画ある?」
私は用意していた紙を持ち上げた。
料理。作り置き。朝ごはん。配信前の腹ごしらえ。
ユキちゃんは、最後まで聞いてくれた。
それから、こう言った。
「ホラーゲームとかは?」
「……なぜ、そちらへ進軍する」
「一緒にやったら面白そうだから」
「料理のできる者を探しておったのではないのか」
「ゆらさんと遊びたいんだけど」
紙を持つ指が止まった。
私は勧誘を受けてからずっと、何を持っていけば役に立つか、何をすれば喜ばれるかを考えていた。
遊びたいからKickを始めたことは、紙のどこにも書いていなかった。
「少し、考えてよいか」
「もちろん」
通話を終えると、真帆が言った。
「姉ちゃん、怖いんだ」
「怖くはない」
「じゃあ決まりだね」
妹というものは、逃げ道を見つけるのがうまい。
そして、だいたい閉じる。
◆
私はユキッカーズに入った。
自分の番組や仕事の予定も伝え、できることを話し合ったうえでの加入だった。
告知用の画像には、見慣れた自分の顔と、まだ見慣れないグループの名前が並んだ。
真帆が作ってくれた私の紹介は、短かった。
『ゆら御前。料理と雑談。協力ゲームはこれから。』
「この最後の行は、弱くないか」
「これから強くなる余地があります」
私はうなずき、画像をもう一度見た。
加入後の最初の配信で、グループの約束事について話した。
配信の終わりには仲間の配信へレイドをする。仲よくする。グループ内で恋愛をしない。
「なるほど。あちこちで色恋を起こさぬ。よいことじゃ」
『誰を思い出した?』
「先へ進む」
『今すごい義朝が通った』
コメント欄に、前からの常連と、Kickで知り合った人たちの名前が混ざっていた。
『御前が加入したら、ユキッカーズ全員ちゃんと飯食うようになりそう』
『お母さん枠きた』
『食事係だな』
私はうなずきかけて、手元の予定表を見た。
歓迎コラボ。
ホラーゲーム。
その下に、真帆の字で書いてあった。
『全員、自分で夕飯を済ませて集合』
◆
当日の参加者は、ユキちゃん、むらまこさん、野田草履さん、そして私。
四人ともそれぞれKickで配信しながら、同じゲームに入った。
ゲームの名前は『深夜旅館・四名様』。
閉じ込められた旅館を四人で探索し、四枚の木札を集めて玄関の台に戻せば脱出できる。
追いかけてくる「客」からは、押し入れや物陰に隠れてやり過ごす。捕まると札をその場に落とし、少し待ってから玄関でやり直しになる。
これなら、死人は出ない。
元死人としては、ありがたい仕様だ。
画面には、最後にもう一つ注意が出た。
『声を真似る客にご注意ください』
説明によれば、「客」は私たちの話した言葉を覚え、あとで繰り返すらしい。こちらの話し声を聞きつけて、近づいてくることもある。
「接客の練習でもしておるのか」
「そういう意味じゃないと思う」
むらまこさんが言った。
声はゲーム内の通話を使う。近くにいる仲間ほど、よく聞こえる仕組みだ。
私の声がちゃんと届いているか、最初に四人で確認した。
「聞こえるか」
「聞こえるよ」
「飯は」
「全員食べた!」
声がそろった。
『点呼の精度高い』
『開幕から母の仕事がない』
私は咳払いした。
「では、参ろう」
先頭を歩こうとして、壁にぶつかった。
「御前、そっち壁」
「承知しておる。壁の堅さを」
「確認しなくていいから」
真帆は隣で、両手を口に当てていた。
普段の番組では、私をよく見せるために働いている妹だ。
今日は、隠すつもりがないらしかった。
一枚目の札は、食堂にあった。
私はそれを拾い、得意になって振り返った。
「見よ。台所に来れば、私のものじゃ」
振り返った先に、白い顔がいた。
私は椅子ごと跳ねた。
「どちら様ァ!」
次の瞬間、ゲームの中の私は玄関に戻されていた。
遠くで、ユキちゃんが笑っていた。
「ホラーゲームで、そんな丁寧な悲鳴ある?」
『絶叫の最後に敬語残った』
『由良御前、来客対応で死亡』
「死んでおらぬ。玄関におる」
『同じじゃんw』
「かなり違う」
野田さんが戻ってきた。
「落とした札、拾っておいたよ」
「かたじけない」
「で、もう一回行こう」
「もう一回?」
現代の武士は、立ち直りが早かった。
◆
二枚目の札を取るころには、私は戸を開けられるようになっていた。
戸を開けるために立ち止まる場所が、まだ少し遠い。
むらまこさんが後ろから来て、先に開けてくれる。
「すまぬ」
「いいよ。こっちにあった?」
「なかった」
「じゃあ次」
次の部屋に行く。
札を探す。
私が家具に引っかかる。
「すまぬ」
「一回下がってみて」
「うむ」
出られた。
そのかわり、廊下にいた「客」に見つかった。
私が逃げ、野田さんも逃げ、同じ押し入れに入ろうとして二人ともつかまった。
『押し入れ定員一名だって』
『御前、引き戸にも人にも引っかかる』
玄関で、野田さんの人形と並んだ。
私はコントローラーを握り直した。
「すまぬ」
「今のは僕も入りたかったから」
野田さんは笑っていた。
責められてはいなかった。
責められていないのに、私は喉の奥が狭くなるのを感じた。
仲間の役に立とうとして、仲間の手間を増やしている。
配信画面の端には、加入告知に使った画像が置いてある。
ユキッカーズ。ゆら御前。
こんなに大きく名前を出してもらって、私は戸もまともに開けられない。
そのとき、一つのコメントが目に入った。
『御前、料理だけやってた方がよくない?』
悪気があったのか、なかったのかはわからない。
私は、そうかもしれぬ、と思った。
「私、玄関におろうか」
近くに戻ってきていたユキちゃんが、足を止めた。
「なんで?」
「ここなら、邪魔にならぬ」
「四人でやるために呼んだんだけど」
私は返事をしなかった。
「玄関が好きなら、別にいいけど」
「好きではない」
「じゃあ行こうよ」
軽い声だった。
役に立つから来いとも、我慢して来いとも言わなかった。
私は、隣の真帆を見た。
彼女は私の配信の音を聞くためのイヤホンを片方外し、小さな声で言った。
「冷蔵庫、入り口に置いたことある人だから。最初から」
「覚えておる」
「それ見て誘ってくれたんだよ」
私は画面を見た。
ユキちゃんの人形が、玄関の上がり框で、こちらを待っていた。
「……では、戸の開け方を、もう一度」
「いいよ」
教わった。
今度は、自分で開いた。
◆
一時間ほどで、三枚の札が玄関の台にそろった。
私の移動も、いくらかましになった。
床に何か落ちていると拾いたくなる癖は残っていたが、札と座布団の違いは見分けられる。
「最後の一枚、二階かな」
ユキちゃんの声に、三人でついていった。
むらまこさんが廊下の右を、野田さんが左を探す。
私はユキちゃんと一緒に、突き当たりの部屋へ入った。
部屋の奥に、小さな書き物机があった。
その上に、四枚目の札。
「あった」
「御前、取って。私、廊下見てる」
私は机に近づいた。
今度は、きちんと拾えた。
振り返ると、誰もいなかった。
廊下のどこかで、戸が閉まる音がした。
視界の端を、白いものが横切った。
「ゆらさん、こっち」
ユキちゃんの声だった。
私は戸口へ進もうとして、止まった。
反対側からも、声がした。
「こっち、こっち」
同じ声だった。
私はコントローラーを持ち上げるようにして、画面を見た。
どちらの廊下にも、人影は見えない。
『あ、声まね来た』
『御前が試されてる』
最初の注意書きが、ようやく役に立った。
この旅館には、仲間の声を真似る「客」がいる。
右か、左か。
どちらへ行こうとしても、誰かが呼んだ。
しかも、片方には「大丈夫だよ」という優しい一言までついていた。
その言い方は知っている。
さっき私が階段の下で止まったとき、ユキちゃんが言った言葉だ。
私は唇をなめた。
「ユキちゃん」
「こっち」
「晩飯、何を食うた」
右から、返事が来た。
「大丈夫だよ」
左からも、返事が来た。
「いま、それ聞く!?」
私は左を向いた。
「念のためじゃ。何を」
「カレー! レトルトの!」
「うむ」
『食事確認が本人認証になった』
『御前のしつこさが役に立ってる』
右から、もう一度「大丈夫だよ」と聞こえた。
私はそちらをにらんだ。
「飯の問いに答えぬ者についてはいかぬ」
『その判定いつもやってるやつ』
左の戸口へ近づくと、ユキちゃんの人形がいた。
今度は本物だ。
「よかった。今の、すごくない?」
「家族の声と申しても、返事が同じでは困るからな」
私は得意になった。
得意になったので、角を曲がるとき、周囲を見なかった。
白い顔が、すぐそこにいた。
「やはり存じ上げぬゥ!」
私は近くの押し入れに飛び込んだ。
今度は、入れた。
一人で入れた。
戸を閉めると、画面がほとんど真っ暗になった。
自分が札を持っている表示だけが、隅に小さく残っている。
廊下を何かが歩いていた。
足音が、押し入れの前で止まった。
私は息を止めた。
戸の向こうから、声がした。
「飯は」
私の声だった。
隣で真帆が、椅子からずり落ちかけた。
『一番いやな相手来た』
『お前が母になるんだよ』
『御前、飯食った?』
私はゲームの中の「客」に、少しだけ同情した。
この声で廊下を歩き回られたら、何をしていても落ち着かない。
また、私の声が聞いた。
「飯は」
私は口を開きかけ、慌てて閉じた。
押し入れの中で声を出したら、隠れているのがばれる。
真帆が自分の配信監視用の音を小さくした。
廊下の足音を、二人で聞いた。
遠ざかった。
戻ってきた。
「飯は」
いまなら少し、視聴者の気持ちがわかった。
◆
私は、押し入れから出られなくなった。
戸の前を「客」が往復している。
声を出せば見つかりそうで、黙っていれば、仲間も私がどこにいるかわからない。
札を落として玄関に戻されれば、また誰かに拾ってもらうことになる。
やっと見つけた四枚目だ。
私は、札の表示を見ていた。
「御前?」
近くで、むらまこさんの声がした。
私はまた口を開きかけた。
助けに来てもらって、また一緒につかまったら。
ようやく三人が集めた札を、私のせいで――。
隣で、真帆が言った。
「姉ちゃんの配信、押し入れの板、すごくよく見えるよ」
私は画面を見た。
木目しか映っていなかった。
『板に詳しくなった』
『いま我々は何を見せられているんだ』
『御前が押し入れと和睦するのを待ってる』
私は笑ってしまった。
マイクが拾わないくらい、小さく。
皆と遊びたかった。
そのために誘ってもらった。
なのに私は、誰にも迷惑をかけずに、木目を配信している。
「むらまこさん」
声を出した。
「どこ?」
「二階の突き当たり。右の押し入れじゃ。札はある」
「ああ、そこか」
すぐ近くで、足音が止まった。
私は急いで続けた。
「一人では出られぬ。手を貸してくれ」
「了解」
むらまこさんの声が遠ざかり、別の足音が近づいてきた。
「ここから出たら、左ね」
野田さんだった。
「左」
「うん。僕がいる方。階段まで一緒に行こう」
廊下の少し先から、ユキちゃんの声がした。
「お客さまー。こっちですよー」
白い顔を引きつけているらしかった。
足音が、そちらへ向かった。
「今、出て!」
押し入れの戸を開けた。
左に、人形がいた。
私は、今度こそ自分で聞いた。
「野田さん、いま手を振れるか」
「手は振れないから、しゃがむね」
人形が、ぴょこぴょこと沈んだ。
「よし。ついていく」
二人で廊下を走った。
後ろで、私の声が叫んでいた。
「飯は!」
「食うたわ!」
今度は、こらえきれずに言い返した。
階段を駆け下りると、むらまこさんが玄関へ通じる戸を開けて待っていた。
「御前、札!」
「承知!」
私は玄関の台に駆け寄った。
あと少しで触れるというところで、いつものように遠すぎて止まった。
『一歩!』
『あと一歩前!』
真帆も、隣で指を一本立てていた。
一歩、前に出た。
札が台に収まった。
四枚が光り、玄関の扉が開いた。
むらまこさんと野田さんが外へ出る。
私も続こうとして、振り返った。
ユキちゃんが、階段を駆け下りてきた。
その後ろから白い顔が追ってきている。
「ユキちゃん、こちらじゃ!」
「わかってる!」
私は扉の脇へ寄った。
入り口を塞がない。
これは、もう知っている。
ユキちゃんが飛び出してきた。
私も、外へ出た。
画面が明るくなった。
四人の人形が、旅館の前に並んでいた。
脱出成功。
私はコントローラーを置いて、両手で顔を覆った。
「ああ、怖かった」
「怖くないって言ってなかった?」
真帆に言われた。
「あれは、入る前の見解じゃ」
通話の向こうで、三人が笑った。
私も笑った。
息を吸うと、胸が少し痛いくらいだった。
◆
「もう一回やる?」
ユキちゃんが聞いた。
私は時計を見た。
十時三十五分。
もう一回やれば、約束した十一時を越えそうだった。
「また、来週でもよいか」
「いいよ」
むらまこさんが言った。
「次はもうちょっと早く出られるでしょ」
「うむ。戸は開けられる」
「伸びしろがすごい」
私は笑った。
さっきほど、胸に刺さらなかった。
ゲームを閉じ、四人で少しだけ話した。
私が何回玄関に戻されたかで、皆の記憶が違っていた。野田さんは、一度、私と間違えて「客」についていきかけたと言った。
「だって、飯は、って聞くから」
「次からは、返事を待つ私についてこい」
「わかった」
『偽物と本物の差が食への執着』
笑っているうちに、終了の時間になった。
ユキちゃんの枠では、もう少し雑談を続けるという。
私は自分の配信に向かって言った。
「まだ話したい者は、ユキちゃんのところへ参ろう。私はここまでにする」
そして、レイドの操作をした。
最初の夜は、知らない人たちが私の画面へやってきた。
今夜は、私が送り出す番だ。
「本日は、助けてくれてありがとう」
配信を終えてからも、私はしばらく、ユキちゃんの画面を見ていた。
『御前のところから来ました』
『押し入れから生還しました』
『母がお世話になりました』
「誰が挨拶しておるんじゃ」
隣で真帆が笑った。
私の終了した画面には、今夜の配信タイトルが残っていた。
『ユキッカーズ歓迎コラボ。母が来たので安心せよ。』
「切り抜きは、題を変えるか」
「今夜のやつ?」
「うむ」
真帆は少し考え、編集用のメモに題名を打ち込んだ。
『ユキッカーズ歓迎コラボ。母を助けてくれ。』
「よい」
私は、それを見て笑った。
◆
次の料理配信で、私はみそ汁を作った。
『たまご特売:ホラーのアーカイブ見ました。電車で笑ってしまった』
「車内では気をつけよ」
『カジ丸:押し入れ、守り堅かったっすね』
「籠城を好んだわけではない」
『またやってください』
「来週、続きがある」
そう言うと、いくつもコメントが流れた。
前から私を見てくれている人。Kickで知り合った人。ゲームの切り抜きを見て、初めて料理を見に来た人。
私は鍋をかき混ぜた。
「料理は、こちらで任されよう」
それから、カメラを見た。
「あちらでは、しばらく戸の開け方から教わる」
母だから、何もかも知っている顔をしていたのだと思う。
教えられることを探すのは得意になった。
教わりたいと言うのは、まだ少し下手だった。
しかし、来週も呼んでもらえた。
それがうれしくて、気を抜くと笑ってしまう。
鍋の横で、スマートフォンが震えた。
母からだった。
『動画見ました。お友達に迷惑かけてない?』
私は少し考えた。
返事は、配信が終わってから送った。
『少しかけた。でも、また一緒に遊ぶ約束をしたよ』
すぐに返ってきた。
『よかったね。晩ごはんは食べた?』
私は、食べたばかりの空の茶碗を見た。
どうやら、この癖は前世だけのものではなかった。




