婚約破棄をなんとか保留にすることができました
初投稿です。
ゆるゆるふわふわな知識で書いてしまいましたので、拙いことはご容赦くださいませ。
3日前、俺は父の執務室に呼ばれた。
「オーガスト男爵から手紙が届いた。内容はオーガスト家有責で婚約破棄をして欲しいとの事だ」
いきなりの婚約破棄の話に俺は咄嗟に反応出来なかった。
「はぁ?なんでいきなり婚約破棄なんですかっ?」
やっと出てきた言葉はこれだった。
「リュミエル嬢と直近で会ったのは何時だ?」
「1ヶ月ほど前に結婚式の打ち合わせをしてから会っていません」
「1ヶ月もリュミエル嬢を放っておいたのか?」
「いえ、そんな事はしていません。打ち合わせしてから1週間か10日ほど経ったころに観劇の誘いの手紙を家の者にオーガスト家へと届けさせたのです。そうしたら、オーガスト家の家令からリュミエルは領地に行っていると言われたそうで。なので、手紙を届けさせた者に、リュミエルが王都に帰ってきたら知らせて欲しいと家令に伝えるようもう一度オーガスト家へと行かせました」
「結婚式の打ち合わせでリュミエル嬢の様子はどうだった?」
「笑顔で楽しそうで...。打ち合わせが終わった時も、結婚式がすごく楽しみだわって言っていたのに...」
1ヶ月前のあの嬉しそうで楽しそうなリュミエルの笑顔を思い出し、あんなに笑顔だったのにいきなりの婚約破棄だなんて。
俺は何が何だか分からなくなって、父への返事する声は段々と小さくなっていた。
「ふむ。その様子では、お前が何かやらかしてリュミエル嬢が自分有責でもいいからどうしても結婚したくなくなったという訳ではなさそうだな」
「わたしが無自覚にやらかしてなければ...ですが」
「3日後にオーガスト家ご夫妻とリュミエル嬢がこの件で我が家に来られる。お前も同席しなさい」
「分かりました」
「有責の内容は必ず確かめさせてもらうが、その内容次第でお前の感情を考慮せず破棄を受け入れる場合がある事を頭に入れておくように」
父は暗に俺のリュミエルへの愛より家の安泰を取ると言った。
「はい」
俺はそう返事をするのがやっとで。
父から退室の許可が出たので直ぐに執務室を出た。
そのまま自室へ行き泣いた。
ルータス・シモンズというのが俺の名前。
シモンズ伯爵家の嫡男だ。
婚約者のリュミエル・オーガストとは王都にある王立学園で知り合った。
リュミエルはオーガスト男爵家の長女だ。
王立学園は貴族令息・令嬢が13才になる年に入学することになっている。
余程の理由がない限り入学を辞退することは許されていない。
余程の理由とは、通学不可能で学園卒業の16才まで治る見込みがない病気であったり、13才までに悪事を働き領地で幽閉されている場合が相当する。
学費やその他通学に金銭的不安がある場合は、王宮にその旨を申請する。
王宮で審査され、経済状況に応じて学費の無料または援助が決定される。
なので、『貧乏なので学園には通えません』は余程の理由に相当しないのだ。
俺とリュミエルの家はものすごく裕福とは言えないが、かと言って貧乏でもないのでごく普通に学園に入学し通学していた。
そんな中で俺が15才のとき、学園の図書室で14才のリュミエルと出会い、お互いに恋に落ちた。
リュミエルが卒業する少し前に正式に婚約し、リュミエルが卒業してから1年半経ったのが今。
そして半年後には結婚する予定だった。
1ヶ月前には2人一緒に楽しく結婚式の打ち合わせをしていたのに...。
俺はずっと自室で泣いていた。
そして、本日。
ここは我が家の応接室。
テーブルを挟んだ向かいには、俺の婚約者の父親であるオーガスト男爵と母親の夫人、そして婚約者当人であるリュミエルが座っている。
リュミエルは我が家に来た時からずっと泣いていて、目元からハンカチが離れることがなかった。
あのハンカチ、そろそろ涙が吸えないくらいグショグショになってるんじゃないか?
そんな現実逃避的な事を考えるくらい俺はショックを受けている。
何せ、俺はこれから婚約者側から婚約破棄の話をされるのだから。
「本日はお時間をとっていただきありがとうございます。先日、手紙でお伝えしました通り、当家のリュミエルとの婚約を、当家の有責で破棄していただきたくお願いいたします」
そう言ってオーガスト男爵が頭を下げた。
同時に夫人もリュミエルも頭を下げる。
それを見た俺はぎゅっと両手を握りしめた。
「有責の内容をお聞かせ願いたい」
俺の父が顔をしかめながらオーガスト男爵に有責内容を問うた。
「大変失礼ですが、使用人には退室を指示していただきたく。それから有責の内容をお話させてください」
オーガスト男爵にそう言われ、父はすっと右手を挙げた。それに従い、部屋に控えていた使用人たちが退室しはじめた。
そのタイミングでリュミエルが恐らく涙でグショグショになっているであろうハンカチを膝に置き、持っていたポーチから別のハンカチを出してまた目元に当てた。
使用人を退室させるなんてかなりやばい話ではないだろうか。
俺は考えていた以上に重い話になりそうな予感にゴクリと唾を飲み込んだ。
使用人が全員出て扉が閉まったのを確認したオーガスト男爵が話し始めた。
「少しばかり長い話になります。
まず、我がオーガスト領はわたしの父の代以前はアダスト伯爵家の代理管理地でした」
代理管理というのは、何かしらの理由で王家に返還や没収された領地を、王家に代わって管理する事だ。
まぁ、王家が返還や没収した領地を何もかも管理していることはなく、王宮にそういう部署があるそうだ。
領地の返還や没収など滅多にないそうだが、そういった土地が増えると該当部署の手間も金もかかるわけで。
だから、その領地にかかる税を減額し、規定の年数を代理管理すればその領地は自領にすることができるという優遇措置を付ける。
近隣の領主の中で1番信用できる領主に優遇措置を餌に掛け合い、代理で管理してもらう。その方が王宮にとってはいいらしい。
オーガスト男爵が話を続ける。
「わたしの父の生家はアダスト伯爵家です。父が19の時のことです。結婚まであと半年というところで、父は弟に婚約者を寝盗られました。元々父は両親から冷遇されていて、逆に弟は両親から溺愛されていたそうです。
その弟が『婚約者を弟に取られる時期当主など伯爵家の恥だ。代理管理地を兄上に渡して縁を切った方が伯爵家の為だ』と両親に言い、両親は弟に言われるがまま実行したそうです。
王宮は代理管理地を再びオーガスト男爵領とし、独立させるならばそれでいいと了承したそうです。
父は直ぐに家を出され、オーガスト男爵として領地に向かうことになりました。
それ以来、アダスト伯爵家とは全く繋がりはありません」
オーガスト男爵は出していた紅茶を一口飲み話を続ける。
「少々話が飛びますが、ひと月ほど前、エリオットが階段から落ち、足を骨折したので家から迎えを寄越して欲しいと学園から連絡がありました」
エリオットとはリュミエルの弟で、男爵家の嫡男だ。
今年、学園に入学した。
骨折って...大丈なのだろうか?
オーガスト男爵は冷めきった紅茶を再び飲み、話を続ける。
「わたしは領地に戻っており、妻は茶会で不在。リュミエルが保護者代理としてエリオットを迎えに学園へ行きました。エリオットは医務室にいると言われたリュミエルは、1年半前まで通っていた学園なので医務室までの案内を断りました。途中、食堂のテラスの横を通った時、リュミエルは1人の女子生徒に侍るように囲っている4人の男子生徒という集団を見かけました。
リュミエルは最近読んだ恋愛小説にあった光景そのままな集団に興味を持ち、つい...スキルを使ってしまったと言うのです」
スキル。
神殿の教えでは【神様からの貴重なギフト】とされている。
が、人々の内心では【神様からの無差別押し付けギフト】と認識されている。
5人に1人の割合で発現するスキル。
欲しくても発現しなかったり、発現しても欲しくないスキルだったりが多い。まさに無差別押し付けだ。
貴族は12才から学園に入学するまでの間に、平民では10才から12才の間にスキル確認を行うのが義務付けられている。
貴族は発現したスキルで調子に乗ってバカをやらかして領地幽閉になり学園入学が出来なくなる事態を避けるためにこの期間になっている。
平民は交通手段とそれにかかる金額を考慮してこの期間を設定している。
王都やその近郊にいる者は王都神殿で。
各領地にいる者はその領地の神殿でスキル確認を行う。
スキル確認が発現のトリガーになるそうだ。
スキルの中で人に害をなす確率が高いスキルは確認後、すぐにスキル封じの輪が付けられる。
スキル封じの輪は、他者からの偏見やいじめに遭わないよう滅多に人目に晒すことのない太ももに付けられる。
成長や太った痩せたに合わせて伸縮するので便利だ。
人のためになるスキルが発現しても公表しない人が多い。
権力者などにいいように利用されないためだ。
スキル確認する神殿には誰がどのようなスキルを発現させたかの記録はある。かなり厳重に管理されていると言われている。
オーガスト男爵の話はまだまだ続く。
「リュミエルのスキルは...精度はあまり高くないのですが、【鑑定】です」
「【鑑定】とは...また稀な...」
父が思わずというふうに言葉を漏らす。
それにオーガスト男爵は苦笑しながら返す。
「はい、【鑑定】のスキルを持つ人は少ないらしいですね」
またハンカチが涙でグショグショになったのか、リュミエルがポーチからハンカチを出して2枚目のハンカチを3枚目に交換した。
表情を厳しめにしたオーガスト男爵が言葉を続ける。
「リュミエルの【鑑定】の結果、その集団は【洗脳中】だったそうです」
「洗脳だって?そんな...洗脳なんてスキル封じの対象じゃないか!」
話のあまりな内容に驚いた父が大声を上げた。
この応接室は防音を施されているので外には声は漏れていないだろう。
「ええ、ですから恐らく魔術か呪術か魔道具かでしょう。リュミエルの【鑑定】ではそこまで分かりませんでした。ただ、洗脳しているのは女子生徒ということは分かったそうです。そして、侍っている男子生徒の中に...第二王子殿下がいらっしゃったそうです」
俺たち親子3人、あまりの衝撃に揃って息を飲んだ。
「リュミエルはその場にいるのが怖くなって急いでエリオットを医務室から回収し、そのまま家に戻りました。そして、エリオットにあの集団の事を問い詰めました。エリオットが言うには、エリオットが入学した時にはもう既にあの集団は出来上がっていたらしく、エリオットが先輩に訊ねたところ、エリオットが入学する半年前、リュミエルが卒業した半年後ですね、にはあの状態になりつつあったそうです。他の生徒たちは、集団に第二王子殿下がいること、また他の3人が高位貴族の子息であること、集団の誰にも婚約者がいないことから極力関わらないことにしたそうです」
「少し、よろしいかしら。オーガスト男爵」
母がここに来て初めて口を開いた。
「はい、どうぞ」
オーガスト男爵の促しに、母が続ける。
「わたくし、あまり社交に励むことはないのですが、それでもある程度の話は入ってくるのです。第二王子殿下がそんな状態だなんて、どこからも聞こえてきていませんわ」
母はそんな話は信じられないという表情だ。
「わたしも知りませんでしたし、妻も普段交流のあるご夫人方から聞いたことはないと。恐らく...ですが、他の生徒たちが関わりたくない一心で各家庭でも話題にしていないのでしょう。噂の火元を辿られ、報復されるのを恐れたのでは...と、わたしは考えています。実際、エリオットが入学してから半年くらい経ちますが、1度もエリオットが我が家でそんな話をした事はないのです」
「それは...そうなりますわね」
母は社交で話題になっていない理由を納得したらしい。
「話を続けます。リュミエルはエリオットに訊ねました。あの女子生徒は誰なのだと。エリオットはマリー・アダスト伯爵令嬢だと答えました」
「アダスト伯爵...」
父が話が繋がったと納得した表情で呟いた。
「当家とアダスト伯爵家との血縁関係を、わたしはこども達に話しておりませんでした。少なくともわたしはあちらと関わる気がなかったからです。リュミエルは、まだこどもの頃に本の影響を受けて、当家の家系図に興味を持ち、わたしの父からアダスト伯爵家のことを知らされたそうです。マリー・アダスト伯爵令嬢のことをエリオットから聞いた翌日、リュミエルは馬車で領地に向かいました。わたしにこの件を知らせるためです。話を聞いたわたしは考えました。生徒たちが口を閉じているのとは逆に、当家がリュミエルの【鑑定】に基づいて学園や王宮、騎士団などに洗脳の話を持っていくと、生徒たちが恐れている通り当家が潰される可能性の方が高いと。しがない地方の男爵家ですから、尚更王家も高位貴族家も潰すことに躊躇いはないでしょう。では...とこのまま見過ごし何事もなければいいのですが、マリー・アダスト伯爵令嬢が洗脳したと露見した場合の処罰が血縁にまで及ぶとなれば、当家はその対象となるでしょう。縁が切れているとは言っても、血縁である事実はどうしようもありません。そして処罰が当家に及んだ場合、今のままではシモンズ伯爵家にも何かしらご迷惑をおかけすることになるでしょう。ですから、婚約の破棄をと願っているのです」
ここでオーガスト男爵の話の区切りがついた。
リュミエルが3枚目のハンカチを4枚目に替えた。
あのポーチ、どれだけハンカチが入ってるのだろう?
「ふむ。有責内容は理解した」
父の雰囲気は即座に婚約破棄を受け入れる雰囲気だ。
それに焦った俺は
「あの、わたしから少々いいでしょうか?」
父とオーガスト男爵に発言の許可を求めた。
「なんだ?」
父が俺の発言を許可してくれた。
オーガスト男爵も頷いてくれる。
「婚約を結ぶ時にお話しましたが、わたしは神殿からスキル封じの輪を受けております」
あの時はかなり緊張した。
人に害をなす確率が高いスキル持ち=悪人との偏見が今もまだ少なからず残っているからだ。
スキルと人格に関係性はないのに。
だから、そんな者との婚約など認めないと言われるのでは...と不安だった。
しかし、オーガスト家の方々は『それはスキルが発現しなかった人と同じですね』とおおらかに受け入れてくれたのだ。
本当に心底ほっとした。
「その事で、わたしは王都神殿と少しばかり縁があり、それは今も続いています。その縁を伝って洗脳に対抗出来るスキルを持った社会的地位と発言力を持った方を紹介してただけるように願ってみようと思っております。その紹介いただいた方にオーガスト男爵家に処罰が及ばないようにも願ってみるつもりです」
「その手があったか...」
父が小さく呟く。
「そんな事...可能なのですか?」
オーガスト男爵がかなり不信顔だ。
うん、分かります。
ただの伯爵令息がそんなこと願ったとして神殿が叶えてくれるわけないと思いますよね。
ただ、何事にも例外というものがあり、隠された裏側というものがあるのだ。
しかし、これは大っぴらに言えないことで、オーガスト男爵家に知らせることでもない。
「願ってみないことには分かりませんが、どうかその結果が出るまで婚約破棄を保留にしてもらえないでしょうか」
俺は立ち上がって父とオーガスト男爵に向かって大きく頭をさげた。
その瞬間
「ルータスさまぁ~」
ずっとグズグズと泣き続けていたリュミエルが号泣しだした。
「ちょっ...、すみません」
席から外れることを両親とオーガスト男爵夫妻に詫び、俺は急いで扉に行き大きく扉を開けそして叫ぶ。
「タオル!タオルを持ってきてくれ!」
扉付近に控えていた使用人が、走る一歩手前の早さでタオルを取りに行ってくれた。
待つことしばし。
タオルを手に戻ってきた使用人からタオルを受け取り
「リュミエル、もうハンカチじゃ用をなさないだろう?これを使って」
リュミエルにタオルを渡した。
「あ...ありがと...う...ござい...ます」
号泣しながらリュミエルはタオルを受け取り、顔を覆った。
「婚約破棄にならないように、俺、頑張るから。だから、そんなに泣かないで」
俺は何とかリュミエルを泣き止ませようとリュミエルの背中をさすった。
「ゴホンッ」
父のわざとらしい空咳に、ハッと今の状況を思い出した俺はぎこちない動きで座っていた元の場所に戻った。
「あー...、婚約の破棄は、ルータスが言う神殿との縁の結果次第ということでよろしいか?」
良かった!
父の即婚約破棄だ!の雰囲気がなくなっている。
オーガスト男爵は、父が俺の言うことを飲んだことに戸惑いながら
「分かりました」
と保留に同意してくれた。
その後、泣き崩れるリュミエルを抱えるようにして馬車に乗り込んだオーガスト家を見送りながら、俺は破棄が保留となった婚約を、婚約続行そして結婚の予定に戻すことを両の手を強く握りしめ決意した。




