善意という押しつけは だいたい百貨店の紙袋で来る~入院時の話 ~超個人的意見
私が好きな芸能人トップ5に入る、とある女装タレントさんが、テレビで入院中の話をしていたという記事を見た。
それを見ながら、妙に納得してしまった。
ああ、これ。
拙作『お返しはいりませんから ~時司の愚痴日誌』の、家族葬に押しかけて行った人の入院版だ。
そう思ったので、書いておく。
入院中というのは、思っている以上に人に会いたくない状態になる。
普段きっちり化粧している人でも、当然すっぴんだ。髪はぼさぼさ。顔色は悪い。点滴一本ぶら下がるだけで、人は驚くほど草臥れた感じが出る。
しかもパジャマというのは、年齢と性別を容赦なく曖昧にする。
鏡を見るたびに思う。
「・・・誰?」 と。
年齢というものは残酷で、化粧と気力が消えると、一気にただの中高年になる。おじさんなのか、おばさんなのか、自分でも曖昧になる瞬間さえある。
そこへ来るのである。
お見舞いに来てあげたよという顔をした知り合いが。
正直、来ないでほしい。
家族。
本当に身内認定している人。
この姿を見せても平気な人。
足りないものを頼める人。
それだけで十分だ。
こちらは必要な連絡だけする。
それ以上は、静かに放っておいてほしい。
だってこちらは、ただ生きているだけで精一杯なのだ。
シャワーに入っただけで体力ゲージが赤になる世界で生きている。
なのに現れる。
善意という名の社交イベントが。
「やだ~、大丈夫? 顔色すごいよ?」
病人だからである。
逆にツヤツヤしていたら怖い。
更に続く。
「これ、日持ちするやつだから~」
百貨店の紙袋。
丁寧な包装。
病人のベッド脇に置かれる、謎の焼き菓子セット。
「入院中って暇でしょ? 甘いものあると気分違うかなって」
こちらは絶賛、病院食管理中である。
塩分も糖分も制限され、昨日ようやくゼリーが解禁された。
なのに差し出される、バターの暴力。
本音を言えば、
「食べられません」
で終わる話なのだが、そう言うと空気が微妙になる。
だから患者は反射的に笑うしかない。
「ありがとうございます~。わあ、美味しそう」
演技である。
かなり高度な接客業である。時給幾ら貰えるレベルかなと思ってしまう。
本音を言えば、美味しそうより先に、荷物が増えたな・・・が来ている。頼んだものを持ってきてもらった時に、持って行って貰えるかな・・・である。以前、友人が見舞い品の中で一番ありがたかったのは、国産果物の高級缶詰だったと言っていたと記憶している。
そんな気の利いたものを持ってくる知り合いは残念ながらいない。
しかも見舞客は、だいたい悪気がない。
むしろ満足気ですらある。
「私、こういう時ちゃんと気が回るタイプだから」
お見舞いに来てあげた優しい私みたいな顔をして帰っていく。
残されるのは、疲労感と焼き菓子である。
病人に必要なのは、社交ではない。
休息だ。
そもそも入院中というのは、普通に人と喋るだけでも消耗する。対応するだけで気を遣う。
笑顔を作る。
話を聞く。
来てくれて嬉しいですを演出しなければならない。
対応するだけで、本気で疲れる。
しかも厄介なのは、こういう見舞客ほど、いい事をしたと思って帰る点である。
患者がぐったりしているのを見ても、やっぱり弱ってる時って人恋しいものね等と解釈する。
違う。
オマエへの接客で体力ゲージが削られたのである。入院中というのは、ただ生きているだけで体力ゲージが減っていく期間なのである。
そこへ他人との会話イベントを強制挿入されると、地味に削られる。
だから、本当に気遣うなら、電話ですらなく、メールくらいで丁度いい。
「退院して元気になったら連絡ください」
「落ち着いたら、ご飯でも行きましょう」
そのくらいの距離感が、一番ありがたい。
返事を急かさない。
気力を要求しない。
優しさを受け取る体力まで押しつけない。
多分、本当に気が利く人というのは、「今は会わない」を選べる人なのだと思う。
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https://ncode.syosetu.com/n6549lx/ 『お返しはいりませんから ~時司の愚痴日誌』




