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第4話 肩に乗る男

肩こりというのは、不思議な症状だ。


骨折のようにレントゲンに映るわけでもない。捻挫のように腫れるわけでもない。


はっきりした原因が分からないことが多い。それでも肩が痛いといって来院する患者は多い。


中には、本当に何かが乗っている場合もある。 


その日の午後も、一人の男が接骨院の扉を開けた。


入口のガラス戸が静かに閉まる。


「すみません……初めてなんですが」


四十代半ばくらいの男だった。


スーツ姿でネクタイを少し緩め、疲れた顔をしている。


「どうぞ」


恒一は受付から立ち上がった。


「肩ですか?」


男は苦笑した。


「分かります?」


「だいたい」


男は診察ベッドに座った。


「肩こりがひどくて……ここ半年くらい」


「右ですか」


「ええ」


恒一は男の背後に回った。


そして、すぐに気づいた。


いた。


肩の上に、小さな『男』が。


背丈は三十センチほど。古いスーツを着た、昭和の会社員のような老人だった。


ネクタイはきっちり締められ、足をぶらぶらさせながら男の肩に座っている。


そして、腕を組んで、じっと前を見ている。


恒一は思わずため息をついた。


こういうタイプか。


「デスクワークですか」


「営業です」


「パソコンは多いですか?」


「多いですね」


恒一は肩を軽く押した。


筋肉は確かに固い。


だが、それだけではない。


上に何かが乗っている。物理的ではないが、確かな重さがある。


恒一は肩を回しながら言った。


「最近、仕事で変化ありました?」


男は少し考えた。


「……上司が変わりました」


肩の上の小さな『男』が、ぴくりと動いた。


「厳しい人です?」


男は苦笑した。


「厳しい人で……前の上司が亡くなったんです」


恒一の手が止まった。


「亡くなった?」


「ええ」


男は視線を落とした。


「会社で仕事中に倒れて亡くなりました」


恒一は肩の上の小さな『男』を見た。


その顔は、怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。ただ、じっと前を見ている。


まるで、監視しているように。


「前の上司、厳しい人でした?」


男は少し笑った。


「まあ……かなり」


男は肩をすくめた。


「営業成績の鬼みたいな人でした。


毎朝、全員の数字をホワイトボードに書くんです。


達成してないと、すごく怒る。


でも、一番働いていたのは、その人でした。」


恒一は軽く肩を押した。


小さな『男』がぐらりと揺れる。


だが落ちない。


男は続けた。


「でも、嫌いじゃなかったんです」


「ほう」


「怖い人でしたけど、筋は通っていた」


男は遠くを見るような目をした。


「亡くなったとき、なんか……」


言葉が途切れる。


「まだ怒られてる気がするんですよ」


恒一は苦笑した。


まだそこに乗っているのだから、そう感じても不思議ではない。。


恒一は男の肩を指で押さえながら言った。


「その上司、口癖はありましたか?」


「え?」


「例えば」


恒一は肩の上の『男』を見ながら言った。


「もっと頑張れ、とか」


男は目を丸くした。


「なんで分かるんですか」


肩の上の『男』が腕を組み直した。


やはりだ。


恒一は男の肩をゆっくり回した。


「その人、まだ仕事してるみたいですよ」


男は笑った。


「いやいや」


だが、その笑いは少しぎこちない。


恒一は肩の上の小さな『男』に向かって、静かに言った。


「もう終わってますよ」


『男』は反応しない。


ただ、じっと部下を見ている。


恒一は男の肩を軽く叩いた。


「少し力抜いてください」


そして、小さく言った。


「もう十分だそうです」


その瞬間だった。


肩の上の『男』が、ゆっくり立ち上がった。


そして、男の顔を覗き込む。


部下の顔をしばらく見つめ、小さくうなずいた。


まるで「もういい」と言うように。


そして、ふっと消えた。


肩が軽くなる。


患者の男が、驚いた顔をした。


「あっ、あれ?」


「どうしました」


「……軽い」


男は肩を回した。


「え、なんで」


恒一は笑った。


「仕事、頑張りすぎなんですよ」


男は何度も肩を回している。


「こんな軽いの久しぶりです」


恒一はカルテを書きながら言った。


「たまには休んでください」


男は笑った。


「そうします」


男が帰ったあと、恒一は窓の外を見た。


夕方の光が道路を照らしている。


そのとき。


接骨院の前を、小さな影が通った。


古いスーツの『男』。


振り返らない。


ただ、ゆっくり歩いていく。


恒一は小さくつぶやいた。


「ご苦労さまです」



その夜。


恒一はまた夢を見た。


おかっぱ頭の少女。


少女は肩に小さな男を乗せていた。


少女はそれを見て笑っている。


そして、また何かを言う。


恒一は耳を澄ませた。


だが、やはり声は聞こえない。


夢の中で、少女の口がゆっくり動いた。


まるで、これから面白いことが起きると言うように。


――まだ、いっぱい来るよ。


恒一は目を覚ました。


枕元の時計は午前三時。


恒一は天井を見ながらつぶやいた。


「……分かってる」


この町には、まだたくさんいる。


人の後ろに、何かが立っている。


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