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「ああっ、美味しい……。最高だ……最高だぁ!」目を瞑って両手を広げ、天を仰ぐ。前世の俺に教えてやりたいよ。『他人の不幸は蜜の味』ってのは、ただの比喩じゃなかったんだってな」
その時。
街の外れ、空間が歪み、どす黒い霧と共に数体の魔族が現れた。
魔王軍の斥候だ。彼らは「勇者が召喚された」という情報を聞きつけ、様子を見に来たのだ。
「……おい、何だこれは」
魔族の一人が、唖然として街の惨状を見つめた。
彼らの前には、魔王軍が手を下すまでもなく、自称「勇者」によって身ぐるみ剥がされ、絶望のあまり道端でうずくまる人間たちが溢れていた。
「あっちの広場では、騎士が子供の宝物を目の前で叩き割って、泣き顔を魔法で投影しているぞ……」
「この家はどうだ? 『勇者様への献上品が足りない』という理由で、家族全員が互いの指を賭けて強制的に無意味なギャンブルを騎士にさせられている……」
魔族たちは顔を見合わせた。彼らは破壊と殺戮を好むが、それは「魔族の矜持」に基づいたものだ。
だが、目の前で行われているのは、純粋で、粘着質で、逃げ場のない「ただの悪意」だった。
「隊長……あいつ、本当に勇者ですか? 俺たちより魔王っぽくないですか?」
「バカ言え。魔王様だって、あんな楽しそうに赤ん坊から玩具を奪うように言ったりはせん……。あいつは……あいつは関わっちゃいけないタイプの狂気だ」
「か、神?」
「滅多な事は言うな!」
俺は背後に漂う魔族の気配に気づき、爽やかな笑顔で振り返った。
「やあ、魔王軍の皆さん。いいところに来たね」
魔族たちが一歩後ずさる。
「お前らも『絶望』の専門家だろ? だったら協力してよ。殺すのはもったいないけど、生かさず殺さず、無限に絶望を絞り取るための『効率的な飼育方法』について、ちょっと意見交換がしたいんだ。あ、もちろん拒否権はないよ。お前らが絶望して消えるか、俺に協力して人間を絶望させるか、どっちか選んで」
魔王軍の斥候たちは、生まれて初めて「本物の恐怖」を感じ、震え上がっていた。




