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「ああ、いい匂いだ。お前の体から発するフェロモンも、お前のその『清らかな絶望』も……嗚呼、もっと吸わせろよ」
俺はエリスの杖を掴み、力任せに引き寄せた。
「ひっ……! 離して!」
火花が激しく散る。
「おっと、抵抗するのか? なら、いいものを見せてやる。エリス、お前の大好きな『民』の姿だ」
俺は指を鳴らした。
すると、魔族に怯え、俺に財を奪われ、絶望の淵にいた住民たちが、ゾンビのようにふらふらと俺たちの周りに集まってきた。彼らの目は虚ろで、口々に呪詛を吐いている。
「勇者様……助けてください……」
「聖女様……お救いください……」
エリスは必死に叫んだ。
「皆さん、大丈夫です! 私が、この偽りの勇者を……!」
「いや、違うんだよエリスちゃん」
俺は彼女の肩を抱き寄せ、住民たちに向かって朗々と宣言した。
「皆、聞け! この聖女エリスは、今、俺の活動を邪魔しようとした! つまり、彼女は『魔王討伐を阻止しようとする、教会の裏切り者』だ! 彼女のせいで、お前らの苦しみはさらに長引くことになるぞ!」
「……え?」
住民たちの視線が、一瞬でエリスに向けられた。
「絶望」で理性を失った人間は、攻撃対象を欲しがる。それが、かつて自分たちを導いていた「聖女」であっても関係ない。それが人間の行動心理そのものだ。
「聖女様のせいで……?」
「俺たちの金が……お前が邪魔をするから……!」
「何とかしろよ! 聖女だろ!」
「ち、違います! 私は皆さんを助けようと……!」
「助ける? どうやって? お前に金が出せるのか? 奪われた生活を今日中に戻せるのか? できないだろ。俺なら、お前が大人しく俺に従いさえすれば、今すぐ『勇者維持特別税』を減免してやってもいいんだぜ?」
俺の提案に、住民たちの顔に「醜い希望」が宿った。
「聖女様……お願いします……」
「俺たちのために……勇者様の言う通りにしてください……」
「お前のプライドなんてどうでもいいんだ! 俺たちの税金を安くしろ!」
「あ……ああぁ……」
若すぎるんだよ、エリスちゃん。なんて赤子のように脆いんだ。俺のチートの影響もあるだろうが。
エリスは絶句した。
信じていた民衆から向けられる、剥き出しの憎悪。
自分が救おうとしていた手によって、暗闇へ引きずり込まれる感覚。
彼女の聖なる光は、ドロドロとした黒い絶望に飲み込まれ、パリンと音を立てて砕け散った。
俺は、絶望のあまり崩れ落ちるエリスの髪を掴み、耳元で優しく、最高に毒々しく告げた。
「さあ、エリス。今日からお前は、俺の専属の『贖罪メイド』だ。お前が俺に尽くし、俺を満足させるたびに、この住民たちの税金を安くしてやる。お前が汚れるたびに、民が救われる……。ほら、聖女様らしい、素晴らしい自己犠牲の物語だろう?」




