第6話 里に降りる影と、古き言い伝え
前回のあらすじ
春樹とリディアは子飛竜を親のもとへ無事に戻し、迫る危険を収める。リディアは魔法で親飛竜の傷も癒し、親子は再び森へ飛び立つ。別れを惜しむ子飛竜の姿に、春樹は胸の奥に温かな余韻を残す。
森の木々がまばらになり、視界の先に光が差し込んできたころ、
はるきは重い足を引きずりながら、深く息を吐いた。
「……やっと、森を抜けられた……」
体の芯まで疲れが染み込んでいたが、外へ出られるというだけで救われた気がした。
隣を歩くリディアが、くすっと笑う。
「さっきの子飛竜、すっかりはるきに懐いてたわね」
「いや、絶対たまたま……だと思う……」
否定するものの、頬がほんのり緩む。
そして次の瞬間、ぐぅ、と腹が鳴った。
夕飯前に転移してきたことを思い出し、余計に切なくなる。
「食べられる実があるわ」
そう言うなり、リディアは近くの木を見上げ──
すっと枝に跳びつき、軽々と登っていった。
「……忍者かよ……」
呆然と呟くはるきの手に、彼女がもぎ取った実がぽとりと落ちてくる。
ひと口かじると驚くほど甘く、疲れが溶けていくようだった。
◆
やがて森の出口が見え、小さな村が視界に広がる。
畑と家々。煙突の煙。夕日の色に染まる素朴な景色。
リディアは村の出身ではないらしいが、子どもたちとは顔なじみのようだ。
「リディアねえちゃーん!」
「また来たの?」
駆け寄る子どもたちに、リディアは優しく微笑む。
村の入り口には屈強な見張りが二人。森から聞こえた飛竜の咆哮のせいか、まだ緊張が残っている。
春樹の見慣れない姿に目を見張るも、リディアを見ると警戒を解いた。
「見慣れない客人だな…ベイルッ!」
見張りのひとりが、近くで遊んでいた少年に声を張る。
「村長を呼んできてくれ!」
「わかったー!」
八歳くらいの少年が全力で駆けだした。
しばらくして、ベイルが白髪の老人を引っ張るようにして戻ってきた。
ゆっくり歩く老人に、ベイルが「こっち!」と何度もせかす。
「はぁ……はぁ……引っぱるでない、ベイル……」
息を整えながら村長が姿を現す。
白髪に立派な髭の老人は、息を切らしながら入口へと歩み寄る。
「まったく、お前は急かしすぎじゃ……。む? リディアか。それと──その後ろの少年は…」
子どもたちがリディアを見つけて歓声を上げる中、
村長はるきを覗き込むように見つめる。
そして、いつもの調子で言った。
「……はて、お前さんはどこの子だったかのう?」
周囲の村人が(ああ、また始まった)と苦笑する。
リディアが前に出て説明した。
「彼ははるき。森で迷って、獣に襲われていたところを助けたの。しばらく一緒に行動してるわ」
村長は、はるきをじっと観察するように目を細めた。
「……ふむ。事情は、そちらからも…はるきといったか…お主からも聞いておこうかの」
話を振られた春樹は、びくりと肩を震わせる。
リディアがそっと視線で「大丈夫よ」と励ましてくれた。
「……えっと、はるきです。気づいたら森の中で倒れてて……記憶も曖昧で……。リディアに助けてもらいました。ご迷惑じゃなければ……」
たどたどしい自己紹介に、ベイルが小声で「緊張すんなよ」と笑う。
村長は腕を組んでうなるように言った。
「記憶なし、か。厄介といえば厄介じゃが……困っておる者を放っておくほど冷たい村ではない。リディアが連れてきたのなら、なおさらじゃ」
その言葉に、春樹はホッと息をついた。
村長はふと顎に手を当てる。
「そういえば……昔、妙な言い伝えがあったような……。別の……なんとかの国から……迷い込む者……だったか……?」
記憶が曖昧らしく、首をひねる村長。
「まあよい。うちで話すとしよう。落ち着いたほうが思い出しやすいでな」
◆
村長の家で休みながら、はるきの胸には不安がふくらんでいた。
──もしかして、本当に異世界に落ちてきたのか?
──帰る方法なんて、どこにもないのかもしれない……。
その不安を見抜いたように、リディアが小さく囁く。
「大丈夫。はるきの味方は、ちゃんといるわ」
その優しい声が、不安をほんの少し溶かした。
やがて村長がぽんと手を打つ。
「思い出したぞい。この森には、まれに“異なる地より迷い込む者”がおる。森の守り手に導かれ、運命の道を歩む……そんな言い伝えじゃ」
「最後だけしっかり覚えてんだな……」
と村人が小声で突っ込む。
春樹はごくりと唾を飲んだ。
◆
夕食をいただき、明日の話をしていると、リディアが言う。
「街に行ったほうが、情報が早く集まるわよ」
迷いながらも、はるきはうなずいた。
「じゃあ……街へ行ってみようかな」
リディアも「案内するわ」と微笑む。
そして──
夕日が村を赤く染める中、はるきはぽつりと呟いた。
「……じぃちゃん、ばぁちゃん……」
胸がきゅっと締めつけられる。
リディアが隣に座り、小さく微笑む。
「大丈夫。きっと帰る方法を見つけましょう」
はるきは黙ってうなずいた。
◆
──その直後。
村の外の森から、地を震わせる咆哮が響いた。
「……グルゥォォォッ……!」
はるきとリディアは反射的に顔を見合わせる。
あの子飛竜の声より、ずっと低く、ずっと重い。
そして、村の柵が揺れるほどの衝撃音が続いた。
「村長!」
外で見張りの怒声が上がる。
「何か来るぞ! でかいのが……!」
村長の家の空気が一瞬で緊張に染まる。
村長の息子が立ち上がる。
「魔獣か……? 森の奥から出てきたのか……!?」
外の気配は確実に近づいてくる。
はるきの背筋がひやりと冷えた。
リディアが息を呑み、囁く。
「……はるき。外、何かがいるわ」
次の瞬間──
村のどこかで悲鳴が上がった。
そして、夕闇の向こうで。
巨大な影が、木々を押し分ける音を立てながら──ゆっくりと姿を現しつつあった。
思うままに書き殴ってやる〜!…って、
簡単に書いちゃダメなんだと反省…
でもいつかは、そうなりたいと思います。




