第15話 守られることの値段
前回のあらすじ
城門を越え、ナギは城塞都市エルディアの内側へ足を踏み入れる。石と砂に囲まれた街は活気よりも緊張に満ち、水さえ自由ではない世界だった。守られているはずの都市で感じる違和感と孤独。その街が、ナギを変える場所になることを、まだ彼女は知らない──
エルディアの朝は、思っていたよりも静かだった。
砂の街特有のざらついた空気はあるが、
城門の内側では、風の流れすら管理されているかのようで、
無駄な音がなかった。
凪は宿の窓辺に立ち、通りを行き交う人々を眺めていた。
商人、護衛、住民――その誰もが、決められた動線の中を迷いなく歩いている。
「慣れれば楽だ」
背後で、ガルムが短く言った。
振り返ると、彼は装備を点検しながら、いつもと変わらない顔をしている。
だが、その声色には、経験に裏打ちされた確信があった。
「外に出るな、って言われたのは初めてだった」
凪の言葉に、ガルムは手を止める。
「外出制限だ。護衛対象が街にいる間は、勝手に動かせない」
「危険だから?」
「それもある。だが――それだけじゃない」
ガルムは凪の方を見た。
叱るでも、脅すでもない。ただ事実を伝える目だった。
「守る側にも、守られる側にも、条件がある」
「条件……」
「保護されている間は、自由は制限される。
誰と話すか、どこへ行くか、何を見せるか。全部だ」
凪は言葉を失った。
安全と引き換えに、そこまで差し出すものがあるとは思っていなかった。
「暗黙のルールも多い。書かれちゃいないが、破れば終わりだ」
「終わり、って……」
「守られなくなる」
淡々とした一言が、胸に落ちた。
この街は、守る力を持っている。
だがそれは、無条件の善意ではない。
ナディアが会話に加わる。
「勘違いしないで。これは脅しじゃないわ」 「……」
「ちゃんと知っておいてほしいだけ。知らずに踏み越える人、たくさん見てきたから」
彼女の声は柔らかい。
それがかえって、この話が“現実”なのだと伝えてくる。
凪は、もう一度窓の外を見た。
整然とした街並みの中で、人々は今日も平然と暮らしている。
守られている。
だが、守られているからこそ、縛られている。
それでも――
ここまで来て、引き返す選択肢はなかった。
「……わかった」
「理解が早くて助かる」
ガルムはそう言って、装備を背負い直した。
「この街にいる間は、俺たちが責任を持つ」 「その代わり」
「ルールは守れ」
凪は、小さくうなずいた。
宿を出る前、ガルムは一度足を止め…
「少し寄る」
短い言葉だったが、誰も異を唱えなかった。
石造りの通路を抜けた先、
人の流れから少し外れた場所に、小さな中庭があった。
「父さん!」
高めの声が響く。
砂色の壁に囲まれたその場所で、
まだ幼さの残る少女が、こちらへ駆けてくる。
ガルムは、驚くほど自然な動きで膝をつき、
少女を抱き止めた。
「元気そうだな」
「うん! 今日は風が強い日!」
そのやりとりは短く、他愛もない。
だが――凪は、言葉を失った。
戦場で見たことのある男と、同一人物とは思えなかった。
「この人たちは?」
「仕事の仲間だ」
少女は、凪とナディアを順に見上げ、
少しだけ首をかしげてから、にこりと笑った。
「お仕事、だいじ?」
「ああ」
ガルムは、迷いなく答える。
「一番だ」
その言葉に、余計な説明はなかった。
別れ際、少女は父の腕を離し、
何かを思い出したように言った。
「ちゃんと帰ってきてね」
「約束だ」
その約束が、
どれほど重いものかを、凪は知っている。
中庭を離れたあと、
しばらく誰も口を開かなかった。
「……顔に似合わず、子煩悩なんだから」
ガルムは、何も答えなかった。
だが、歩く速度が、ほんのわずかだけ戻る。
「無事に帰らなきゃ、文句言われるな」
後ろから、誰かが小さく笑った。
「守る理由は、人それぞれよ」
やがてナディアが、小さく息を吐く。
「……ああいうのも、守る理由の一つよ」 「理由?」
「守る側が、ルールを破らない理由」
凪は、ようやく理解した。
この街の“条件”は、
単なる管理や支配のためじゃない。
守るべきものを、
確実に守るための仕組みなのだ。
守られることには、値段がある。
そして――
この値段の対価を、支払っている限りは。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。今回は城塞都市エルディアの「守られる側の条件」と、ガルムのもう一つの顔に触れる回でした。次話からは視点が切り替わり、春樹sideへ戻ります。二つの物語がどこで交わるのか、引き続き見守っていただければ嬉しいです。




