第14話 壁の中の、知らない視線
前回のあらすじ
城門を越えた商隊は、城塞都市の内側へと足を踏み入れる。守られた街の空気は、外とはまるで違っていた。凪は人々の視線と街の仕組みに戸惑いながら、自分が「外から来た者」であることを突きつけられる。城門が分けたのは、内と外、そして凪の居場所だった。
城門をくぐった瞬間、空気が変わった。
振り返れば、もう戻れない。
そんな確信だけが、背中に残る。
壁の内側に入っただけだというのに、
風の流れも、音の反響も、外とはまるで違う。
石造りの建物が道の両側に密集し、
高い壁が空を細く切り取っている。
砂色の街並みはどこまでも続き、
飾り気はなく、実用だけが積み重ねられていた。
(……街、だ)
ナギは荷台の上から、黙って周囲を見渡す。
人は多い。
だが、賑やかというより――張り詰めている。
露店の呼び声は短く、
行き交う者たちは互いに距離を取り、
目が合えば、すぐに逸らされる。
笑顔は少ない。
代わりにあるのは、値踏みする視線。
「下ろすぞ」
ガルムの声がかかり、
ナギは差し出された手を借りて地面に降りた。
足裏に伝わる感触は、砂ではなく石。
硬く、冷たい。
(……戻れない場所に来たんだ)
そんな実感が、今さら胸に広がる。
「レオン様」
商隊の一人が近づき、低い声で報告する。
「倉庫はいつもの区画が空いています」
「水の割当は……前回より少し厳しいようです」
レオンは小さく頷いた。
「構いません。今回は滞在を短く」
「必要な取引だけ済ませましょう」
淡々としたやり取り。
けれど、その言葉の端々から、
この街で“水”がどれほどの価値を持つかが伝わってくる。
ナギは無意識に、喉を鳴らした。
(……水、自由に飲めないんだ)
それだけで、背中が冷える。
移動を再開した商隊の後ろを、
数人の視線が追っているのが分かった。
好奇心。
警戒。
計算。
そのどれもが混ざった目。
ナギは自然と、ガルムとナディアの近くへ寄った。
「気にするな」
ガルムは前を向いたまま言う。
「珍しい顔は、すぐ噂になる」
「だが、それだけだ」
慰めでも、安心させる言葉でもない。
事実をそのまま告げる声。
ナギは小さく頷いた。
通りを曲がると、
急に匂いが濃くなる。
香辛料。
獣の脂。
鉄と汗。
酒。
混ざり合った匂いが、鼻の奥に残る。
(……息、しづらい)
人の声が近い。
身体が触れそうな距離を、
誰も気にしない。
それなのに――
誰も、信用できない。
そんな感覚。
「ここが外郭層よ」
ナディアが小さく説明する。
「交易区。人も物も集まる場所」
「便利だけど……夜は、あまり良くない」
言葉を濁した理由は、聞かなくても分かる。
ナギは、街の奥へと続く道を見た。
石の壁。
見張り塔。
閉じた窓。
守られている。
同時に――閉じ込められている。
(……助けられたのに)
安心できない。
その矛盾が、この街そのもののようだった。
商隊が倉庫区画に入ると、
周囲の視線が少しだけ薄れる。
レオンが振り返り、ナギを見る。
「ナギ」
「今日は、ここで休みましょう」
穏やかな声。
けれど、その目は街を測っている。
「外へ出る必要はありません」
「分からないうちは、なおさら」
ナギは、素直に頷いた。
(……分からないこと、だらけだ)
街も。
人も。
自分自身も。
それでも――
この場所で生きるしかない。
城塞都市エルディア。
砂漠の中心に築かれた、生き残るための街。
ナギはまだ知らない。
この街で、
味方と敵の区別が、どれほど曖昧かを。
そして――
ここが、
自分を変える場所になることを。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。城塞都市エルディアの空気や違和感を、少しでも感じ取っていただけていれば嬉しいです。街に入ったからこそ生まれる不安と選択が、これからナギをどう変えていくのか。引き続き、見守っていただければ幸いです。




