表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あぜ道から始まる異世界冒険譚(あぜ譚)  作者: 蒼い向日葵
第二章 乾いた風が呼ぶ方へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

第13話 城門が分かつもの

前回のあらすじ

砂漠の商隊に加わったナギは、初めての野営の夜を迎える。守られる側としての疲れと不安の中、焚き火や人の気配に生を実感するが、炎の揺らぎや胸に残る微かな熱が、静かな異変を告げていた。やがて遠くに城塞の影が現れ、旅が転機へ向かい始める。

城塞都市が見え始めたのは、夜明け前だった。


砂漠の地平線に、わずかな凹凸が浮かぶ。

最初は岩山かと思ったそれは、近づくにつれ、明確な形を帯びていった。


高い石壁。

角張った防壁と、等間隔に並ぶ見張り塔。

飾り気はなく、ただ「守る」ためだけに築かれた巨大な構造物。


(……城、というより)


要塞だ。

凪は荷台の上で、小さく息を呑んだ。


その中で、ただ一人――

レオンだけが、地平線の方角から目を離さずにいた。


星明かりの下、遠くの闇に、かすかな輪郭が浮かんでいる。


岩でも、雲でもない。

人の手で築かれたものの影。

レオンは、誰にも聞こえないほど低く息を吐いた。


「……もう、見えてきたか」


城塞都市は、まだ遠い。

だが――


この旅が「通過点」ではなく、

分岐点へ向かっていることだけは、確かだった。



太陽が昇る頃、商隊は城門の前で止められた。

城壁が近づくにつれ、空気が変わる。


人の声は多いはずなのに、どれも低く、張りつめている。

分厚い石と鉄で補強された二重門。

その前に、槍を持った衛兵たちが無言で立っていた。


「商隊名と積荷を」


感情のない声。

レオンが一歩前に出る。


「レオン=ヴァルディ。

ヴァルディ商会の定期隊だ。

積荷は香辛料と乾物、登録証もある」


革の証書を差し出すと、衛兵は一瞥し、隣の者に何かを小声で告げた。


「……通行を許可する。

水の持ち込みは申告通りだな?」


「ああ。規定は守っている」


それ以上のやり取りはなかった。

重い音を立てて、門が開いていく。

凪は、無意識に指先を握りしめていた。



門の内側は、思っていたよりも暗かった。

高い壁が陽光を遮り、

石と砂の色しかない街並みが続いている。

鼻をつく匂い。


香辛料、獣、汗、鉄。

生きている人間の匂いが、濃く混じっていた。

人は多い。


だが、誰も歓迎していない。

視線は向けられるが、すぐに逸らされる。

興味と警戒が、入り混じった目。


(……人が、たくさんいるのに)


なぜか、孤独を感じた。


「ここからは、荷から離れるな」


レオンが振り返らずに言う。


「街は安全だが、油断できる場所じゃない」


その声は穏やかだったが、

言葉には、確かな重みがあった。


凪――いや、ナギは、小さく頷いた。

守られている。

けれど、安心はできない。


(……助けられた、だけなんだ)


城塞都市は、

受け入れる場所ではない。


立ち止まった者を、

ふるいにかける場所――


そんな感覚だけが、胸に残った。



商隊が進むにつれ、景色はさらに濃くなっていった。

露店。

倉庫。

酒場らしき建物から漏れる声。

活気はある。

だが、どこか荒い。


水を売る者の前には、短い列ができていた。

値段を聞いて、ナギは思わず目を伏せる。


(水が……自由じゃない)



城内を進む間、

凪は何度も、周囲の様子を確かめていた。

視線は感じる。


だが、絡まれない。

商隊の荷は目立つ。

人数も少ない。

それなのに――


誰も声をかけてこない。

近づきすぎない。

値踏みする目だけが、一定の距離で止まる。


(……おかしい)


露骨な好奇心も、

試すような悪意もない。

ただ、


「触らない方がいい」


そんな空気だけが、はっきりとあった。

凪は、無意識にレオンの背中を見る。


彼は歩調を変えない。

周囲を警戒する素振りもない。

それが、かえって不自然だった。



ガルムは、周囲を一瞥しただけで、何も言わない。

手は武器から離れている。

だが、緩んではいない。


ナディアも同じだった。

視線は柔らかく、

それでいて、街の「流れ」そのものを読んでいるようだった。


誰かと目が合えば、

軽く会釈するだけ。

それだけで、相手は一歩引く。


(……知ってる)


凪は、はっきりとそう感じた。

この街を。

この空気を。


そして――ここで起きる「厄介ごと」の種類を。



小さな路地を横切ったとき、

一瞬だけ、ざわりとした気配が走った。


誰かが、

何かを言いかけた――ような。

だが、すぐに消えた。


理由は分からない。

ただ、その男が、

商隊の後ろ姿を見送るように、目を伏せたのだけは見えた。


(……今の、何?)


凪がそう思うより先に、

ナディアが、ほんのわずかだけ息を吐いた。


安堵でも、警戒でもない。

**「済んだ」**という反応。



「……不思議か?」


前を歩いていたレオンが、

振り返らずに言った。

凪は、一瞬迷ってから、頷く。


「……誰も、何もしてこないから」


レオンは、足を止めない。


「それは、いいことだよ」


穏やかな声。

だが、それ以上の説明はない。


「街ではね、

何も起きない時ほど、

“もう話は付いている”ものなんだ」


凪は、その言葉の意味を、

まだ理解できない。


けれど――

背中が、少しだけ冷えた。



商隊は、何事もなく外郭へ向かう。

トラブルは起きなかった。

誰も傷つかなかった。

誰も怒鳴らなかった。


それなのに凪は、

はっきりと感じていた。


(……守られてる)


でもそれは、

誰かの優しさじゃない。

この街の“仕組み”が、

この人たちを、


――正確には、レオンを中心にした何かを

避けているのだと。


理解できないままでも、

それだけは、確かだった。


「今日は外郭で止まる」


レオンの声が、前方から届いた。


「まずは街に慣れろ。

急ぐ話は、それからだ」


ナギは荷台から街を見渡す。

石と砂と影の街。

守られているが、閉じ込められそうな場所。


(ここで……生きる)


それは、まだ実感にはならない。

けれど――

この城塞都市が、

自分にとって避けられない場所だということだけは、

はっきりと分かっていた。


商隊は、ゆっくりと街の奥へ進んでいく。

城門の影は、すでに遠い。

戻る道は、もう見えなかった──

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。砂漠の旅路を越え、物語はいよいよ城塞都市へと踏み込みました。凪がこの街で何を選び、何を失い、何を得るのか。引き続き、静かに見届けていただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ