表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あぜ道から始まる異世界冒険譚(あぜ譚)  作者: 蒼い向日葵
第二章 乾いた風が呼ぶ方へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/16

第11話 砂が教える距離

前回のあらすじ

突然の転移で砂漠へと落とされた凪。乾いた風と灼ける大地の中、商隊に救われ城塞都市へ向かう。見知らぬ世界の息遣いに触れながら、凪は自分の力で生き抜く決意を固めていく──

荷台がゆっくりと揺れている。 規則的な振動が背中に伝わり、凪はようやく自分が「移動している最中」なのだと実感した。


太陽はまだ高い位置にある。 だが砂漠の一日は短く、光の色だけがじわりと赤みを帯び始めていた。 隊列の先では、角と長い耳を持つ砂獣が低く鳴き、車輪が乾いた音を立てて砂を踏みしめている。


「無理に起きなくていい。まだしばらく走る」


低く落ち着いた声がかかる。 荷台の縁に肘をつき、こちらを見上げていたのは、褐色の肌に傷跡の残る大柄な男だった。


「水は少しずつ飲め。飲みすぎると、逆にやられる」


ぶっきらぼうだが、言葉の端々に気遣いがある。


(この人が……護衛の人かな)


凪が小さくうなずくと、男は満足そうに鼻を鳴らした。


「俺はガルムだ。ここの護衛をまとめてる」 「命が惜しけりゃ、余計なことは考えず俺の後ろにいろ」


言い切る口調に、不思議と怖さはなかった。 それは“守る”と決めた人間の声だった。


その横から、柔らかな声が重なる。


「急に砂漠に放り出されたんですもの。混乱して当然よ」


布で口元を覆った女性が、荷台の反対側から近づいてきた。 日除けのフードの奥から覗く瞳は穏やかで、凪を真正面から見ている。


「私はナディア。護衛の副をしてるわ」 「身体は? めまいはしない?」


「……大丈夫、です」


そう答えると、ナディアはほんのわずかに眉を緩めた。


「よかった。声、ちゃんと出てる」


そのやり取りを、少し離れた場所から見ていた男が一歩前に出た。 淡い色の外套、砂一つ付いていない靴。 戦士というより、都市の香りをまとった人物だ。


「私はレオンハルト。この商隊の責任者です」


丁寧だが、どこか距離を保った名乗り方。 場慣れした余裕が、その立ち姿に滲んでいた。


「状況を説明するのは、今は難しいでしょう」 「ですから一つだけ、聞かせてください」


レオンは決して急かさない声音で続ける。


「あなたのお名前を」


その言葉に、凪の胸が小さく詰まった。


名前―― それは元の世界と自分を結ぶ、はっきりとした証だ。 ここで名乗ることは、この世界に自分が“存在すると認める”ことのような気がした。


ほんの一瞬の迷い。 だが黙ったままでいれば、余計な疑念を生むだけだ。


凪は一度、唇を噛みしめ、小さく息を吸った。


「……凪、です」


絞り出すような声だった。


レオンはわずかに頷く。


「ナギ。承知しました」


理由も出自も、今は問わないという判断。 それ以上、踏み込んではこなかった。


その頃、太陽はさらに傾き、商隊は進路をわずかに変えて岩陰の多い場所へ向かっていた。


「今日はここまでだ」


先頭を行くガルムが短く告げる。 その声に、護衛たちが無駄のない動きで周囲の警戒を強めた。


移動を止める。 それだけで、空気が少しだけ緩む。


荷車が並べられ、獣が手綱を外される。 焚き火の準備が始まり、乾いた薪の匂いが砂の匂いに混じった。


(……野営、するんだ)


凪――いや、この世界では「ナギ」は、荷台の上からその様子を見ていた。 足元の砂はまだ熱を残しているが、風はわずかに冷たくなっている。


「無理に動くな」


レオンが静かに言った。


「水を飲んで、身体を休めてください。夜は思った以上に冷えます」


少し離れた場所から、ナディアが革袋を差し出す。


「水、もう少し飲んでおきなさい。ここではナギは客人よ」


その言葉に、護衛の一人が笑って口を挟んだ。


「そうそう。ナギはしばらく俺たちの“守り荷”だな」


――ナギ。


初めて、はっきりとこの世界の人間にそう呼ばれた。 胸の奥で、何かが静かに音を立てる。


(……戻れるのかな)


ふと、そんな考えがよぎる。 ポケットの中の紐飾りに指が触れ、かすかな温もりが残っていた。



焚き火に火が入り、赤い光が夜の帳を押し返していく。 砂漠の夜が、静かに始まろうとしていた。


ガルムは焚き火のそばに腰を下ろし、剣を外して砂の上に置いた。

無言で刃の状態を確かめながら、ふっと短く息を吐く。


「……無事に越えりゃ、あと数日だ」


低い声だったが、ナギのいる荷台まで、はっきりと届いた。


「城塞都市にさえ着けばな」


ほんの一瞬だけ、厳しい表情が緩む。


「……娘が、待ってる」


その言葉に、焚き火のはぜる音が小さく重なる。

ナギは思わず、ガルムの背中を見つめていた。

すると、すぐ近くでナディアが小さく息をつく。


「ふふ、顔に似合わず、ほんとに子煩悩なんだから……」


布越しでも分かるほど、呆れと優しさが混じった声だった。


「うるさい」


ガルムは振り返らずに短く返す。

それを合図にしたかのように、周囲の護衛たちが小さく笑った。


「また娘さんの話かよ、隊長」

「帰ったら土産、山ほど要求されるんじゃないですか?」

「いやいや、もう用意してる顔だろ」


からかい半分の声が、焚き火を囲んで転がる。


「……仕事に集中しろ」


そう言いながらも、ガルムの声には強さよりも照れが滲んでいた。

ナディアは肩をすくめ、ナギの方をちらりと見る。


「ね? ああ見えて、帰る理由がはっきりしてる人なのよ」


ナギは小さく、うなずいた。


(……守る人が、いるんだ)


焚き火の向こうで揺れるガルムの背中は、

少し前よりも、確かに「急いでいる」ように見えた。


ナギは膝を抱え、揺れる炎を見つめる。 ここがどこなのか。 これからどうなるのか。 まだ何ひとつ分からない。


それでも―― この砂漠で生き延びるしかないという事実だけは、はっきりとしていた。


乾いた風が、焚き火の火を揺らす。 その向こうで、何かが静かに動き出していることを、ナギはまだ知る由もなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。新しい場所、新しい出会いの始まりを、少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。皆さんの反応や応援が、物語を前へ進める大きな力になっています。引き続き、お付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ