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5.飛行少女と少年

東雲識月しののめしづきは錬金術師だ。


曽祖父の時代から続く錬金術の家、東雲家の長女であり、現代において唯一『四大幻素』全てが錬成可能な少女。

本来であれば、すでに一流の錬金術師として世界を飛び回る実力を持つ術師……なのだが。


「わざわざ私の工房まで来て早ニ年……やっぱりできないんですねー」


冷たい、ため息混じりの声が識月の耳に入ってきた。

識月の周りには五角形くらいの形になった金属が散らばっており、本人は床に突っ伏して倒れている。

座って本を読んでいる声の主に、本来であれば大いに抗議したいところだが……識月は彼女に稽古をつけてもらっている立場のため、素直に応じるしかない。

なんせ難しい奴だ。

下手なことを言って気分を損なえばここにいられなくなる。


「……」


故に無言。

しかし、今日はそれが癪に触ったのだろうか。

彼女は本を閉じ、こちらに歩いてきた。


「あのですねぇ。形質錬成は、錬金術師の基本のきです」


そう言って識月の周りの金属を1つ、ヒョイっと片手で持ち上げる。

そのまま金属を上に投げて、指を鳴らした。


すると、金属がみるみる形を変えてゆく。

まるで液体のように滑らかに動き、固まり、何かを形取っていく。

そうして、一本の剣が彼女の手に収まった。


「このようにして、金属を武器や道具の形に変える。大切なのは完成後のイメージに金属をどう近づけていくかの過程を意識することです」


彼女は剣をそっと床に置き、識月の目の前までやってきた。

そして手を差し伸ばす。


「はい、今日の賭けも私の勝ち。夕飯お願いします」


「……はい」


東雲識月には錬金術師として致命的な欠点があった。

それは金属の形を変えて武器や物を作る術『形質練成』ができないこと。

遅くても10歳前後で錬金術師ができることが、未だにできないと知れたら東雲家に傷がつく。

そう親が判断し、識月は月糸町にいる優秀な錬金術師の八百美道乃やおびみちのに預けられたのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


夕食の生姜焼きを平らげた後、識月は外に出る準備をしていた。

目的はもちろん、黒木宗谷の家である。


道乃曰く。


『ま、突撃でいいんじゃないですかねー。魔法人形からは独特のオーラが出てます。その家の近くまで行けばわかりますよ。え?感じ取れるか?大丈夫、どんなに形質練成ができなくてもそのくらいはできますよ』


……テキトーで嫌味な助言である。

これから災害に等しい化け物がいるかもしれないとこに行くってのに、ついてこようともしない。

まあ、道乃はそういう人間であるとこの2年ですでに知っている。

薄情で非情で表面上は優しいが内心徹底的に見下しているタイプだ。

なので特に驚きもない。


というか、逆に好都合である。

魔法人形の封印を一人でやったとなれば、自分の家の名誉が高まることだろう。

もともとそういう風な目的でここにもいるのだし。


……靴の紐とともに、自分の意思もキツく縛り上げる。

間違いがないように。

揺るがないように。


「いってらっしゃーい」


振り向くと、道乃がプラプラと手をやる気なく振っている。

……あれでも現代で三本の指に入る錬金術師だ。

識月は彼女を一度キッと睨みつけ、それからドアを開けて外に出ていった。

黒木宗谷の家は、也城高校から20分のアパート203号室。(学年委員長の権限で見た)

今回は『忘れ物をしていた→大切な連絡の紙を渡し忘れていた』という体で魔法人形の所有者か確認する寸法だ。


件のアパートに着いてすぐ、異様な感覚が識月の体に走る。

重圧感のような、焦燥感のようななんとも言えない感覚。

あえて形容するなら酩酊の感じ。

識月はそれに目を細めながら、アパートの2階に上がるため階段を登る。


203号室のドア前。

未だ酔ったような感覚が抜けない。

魔法を感知できるのが錬金術師だけでよかった、と識月は心から思った。

一般人が感じ取っていたら今頃大騒ぎである。


「……ふぅ」


一息ついてから、彼女はポケットから練成用の金属を取り出した。

それを右手の手のひらに乗せ、胸の辺りまで持ち上げる。


「練成、過集中空間かしゅうくうかん


練成の鍵となる言葉を告げる。

すると言葉は言霊となり、金属へ伝わってゆく。

手のひらの金属は砂のように溶けて、空気に染みる。

溶けて、溶けて……この部屋への興味を別の方向に飛ばす。


この練成は四大幻素の一つ、『風』の応用。

世に流れる空気・風に方向性を持たせ、自分達への認識を阻害する術である。

これにより、この203号室は認知されなくなった。

とはいえ彼女より上の実力があればすぐに看破されてしまうようなものだが。


……準備完了。

識月は意を決し、ドアのインターホンを押した。

部屋の中からドタドタとドアに向かう音が聞こえ、間も無くしてドアが開いた。


「……どうも、東雲さん」


「ええ、こんばんは。黒木くん」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


宗谷は困惑していた。

食事を終えたので、ミクスセラムを風呂に入れて自分も入り、さっさと寝ようと思ったらインターホン。

恐る恐る覗き穴から見ると、鳴らしたのは今日知り合ったばかりの学年委員長さん。


「……何の用でしょうか?」


「忘れ物」


そう言ってひらひらとプリントを一枚こちらに差し出す識月。

受け取り、中身を見る。

……どうやら集金のことのようだ。


「提出、明日までらしいから」


「そうか、ありがとう。わざわざクラスも違うのに届けてくれて」


「……ええ」


「……」


急に無言の時間が流れる。

識月はというと……。

(まずい!?ど、どうやって確認すればいいか考えてなかったー!?直球で聞く?いやでも……)といううっかりを何とかポーカーフェイスで隠している状態。

宗谷は特に何も考えておらず、(まだ話すことがあるのだろうか?)という感じ。

両者の間には謎に緊迫感が走っていた。


「あの……送って行こうか?」


先に口を開いたのは宗谷。

善意からの発言である。

しかし識月はそれに反応せず、宗谷を真正面から見つめる。


「……」


「……?」


このまま無言が続く……ことはなく。

魔法人形を狙っているのは彼女だけではなかった。


「なあ、どっちが魔法人形の所有者だ?」


音もせず、彼はそこに立っていた。

ちょうど202号室の辺り。

茶色の髪にサングラスをかけた、スーツ姿の紛れもないイケメン。

そして……“魔法人形のオーラ“。


「「!」」


宗谷、識月二人して固まる。

いつからいた?

過集中空間になぜ入れた?

ここの住人ではない。

202号室は妙齢の夫婦が住んでいた。


様々な考えが一瞬にして二人の脳をめぐる。

しかし、そんな疑問は気にしないといったように。


「まっいいか、俺は大地の魔法人形・オオクシ。じゃあね」


そう言って手を振り、二階から地上にジャンプして降りた。

瞬間、アパートからミシミシと音がする。

足元がぐらつく。

辺りに亀裂が増える、広がる。


「黒木くん!手!はやく!」


「待って!まだ、あいつが……!」


がちゃん、と203号室の洗面所からペンギン……ミクスセラムが出てきてダッシュで玄関にくる。


「な、何が起こっているの!?これ、地震ってやつかしら!?」


「違う!はやく手を……羽根を!」


「言い直さなくていいわよ!!」


もふもふの羽根を掴み、識月の手を掴む。

アパートはもう形を保てず、天井が崩れ始めた。


「東雲さん!」


「ペンギン?え……と、飛ぶわよ!練成『小径竜巻ミニストーム』!」


「へ、飛ぶ?うわぁ!?」


識月がそう言って金属を投げると、下から押し上げるような風が巻き起こる。

そうして、二人+一匹は空へ打ち上げられた。

アパートの崩壊とともに。

「マジッQ!今回は『形質練成』について!」


形質練成とは、金属を変化させて剣や盾などの武器の形にする練成のことだよ!発動の時に言霊を使う必要がないんで、昔から重宝されてきた練成。多くの錬金術師がこれを最初に学ぶんだ。一度錬成すると、金属には戻せないのには注意!また、一部の形質錬成には言霊が必要なのもある。例えば伝説の武器を再現する時なんかはしっかり言霊で示してから錬成しないとダメなんだ。


「東雲ちゃん本当特殊〜。次回もお楽しみにネ!」

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