2.ボーイ・ミーツ・ペングイン
宗谷は驚きのあまり声が出ない。
まるで水族館にいたら水槽内の魚が、『やあ!調子どお?』と喋りかけてきたような状況。
そんな体験は初めてだった。
そんな宗谷を気にもせず、机の上の水鳥は話し続ける。
「弱っそうな錬金術師ですね。ま、別に眷属にするくらいなら能力は気にしないわ」
机からヒョイっと飛び降り、こちらに向かってくるペンギン。
見た目より数十倍の圧がある。
尚且つ、テチテチという可愛い歩き方が恐怖へのカウントダウンとなるあり得ない事態。
「あら?なんか見えてる景色が変な気が……まいっか」
「………」
声も出ない。
動くこともできない。
ありえないことに驚いて何もできない。
ただ、ペンギンがこちらに来るのを待つだけ。
動物好きなら喜んだかもしれない。
あるいは、番組の企画で触れ合える、というのなら嬉しく思ったかもしれない。
だが。
目の前にいるのは、ペンギンの皮を被ったナニカ。
ペンギンはあんなとこから出てこない。
ドクン、ドクンと心臓の音が認識できる。
こんなことは今まで体験したことはない。
息が荒くなる。
可愛い足音がだんだん近づく。
そして、もう目の前に。
「む。なんか見下されて腹立つ……ひれ伏しなさい?」
ペンギンがそう言うと、急に体に力が入らなくなって床に倒れ込む。
起きあがろうとするも……腕を床に立てることすらできない。
「じゃあ、いただきまーす」
カプっと。
例えるなら豆腐の形を崩さずに食べるような、そんな風に柔っこく首筋を噛まれた。
数秒後の自分に何が起こるか考えたくなくて、目を瞑る。
鼓動はどんどん早くなり、嫌な汗が出てくる。
そうして。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
そうして、何も起こらなかった。
宗谷に残ったのは要らなかった焦燥感と空腹だけ。
その焦燥感すら薄れてきた。
「そろそろ動けるでしょう。さあ、眷属1号!まずは人間を10人ほど、ここに連れて来なさい」
ペンギンは舐めた口調で、嘲るように言う。
その言葉を聞いた宗谷は立って、とりあえず時計を見た。
時刻はもう7時。
手紙を読んでもう1時間経っている。
宗谷はもう一度体の不調を確認して……キッチンに向かった。
「え?」
ペンギンの驚きの声が家の中で虚しく消える。
が、そんなことは気にせず、宗谷は冷蔵庫の中身を確認し(今日は野菜炒めを作ろう)と考えていた。
言い換えれば、宗谷にとってペンギンの攻撃は拍子抜けだったのだ。
「ちょっと!?聞いてます!?人間、集めてきなさーい!」
無視。
いかんせん自分の体に不調はない。すこぶる元気である。
ならば、人間を集めてくるなんてことはしない。
命令を聞く義理もない。
故に、無視して冷蔵庫からモヤシを取り出す。
「……なんで?眷属じゃない?いや、だってパス繋がってるし。間違ってない……」
云々唸るペンギン。
ここでペンギンは、初めて自分の姿を姿見で見る。
まごうことなき、鳥。
背中の黒、腹の白。
そのつぶらな黒の瞳……まさしくペンギン。
それは、彼女が恐れていた“魔法人形の召喚失敗”を表すにふさわしかった。
「え、え?なん、誰ですか!というか鳥!?なんでこんなのになってんですか私ー!!!」
宗谷の耳に、床に人間のように座るペンギンの声が響く。
そんなことも気にせず、宗谷はようやく夕食にありつける喜びを噛み締めていた。
「おかしいわ!何かしたのねこのすっとこどっこい底辺錬金術師!一人だけ食事して……私も久々の現世でなんか食べたいのに!」
ペンギンの抗議。
しかし、宗谷には効かない。
無視して黙々と飯を食っている。
今日の夕食は野菜炒め(モヤシ増量)とご飯である。
野菜炒めには定番の醤油。
ご飯と一緒に噛み締めていると……足元に刺激を感じた。
なんと下を見ると、足元にペンギンが噛み付いている。
「ふぃーけー!!!(聞ーけー!!!)」
「痛い、痛い!わかった。聞くから噛むのはやめてくれ」
宗谷は夕飯を邪魔されることに少ししょんぼりしながら床のペンギン……今更ながら、これをペンギンと呼ぶのはいかがなものだろうか。
明らかペンギンでは無さそうだが、もしかしたら人語を喋るペンギンかもだし……
なんて考えながら見つめていたが、どうやらペンギンにとってはその視線が不服なようだ。
「ちょっと!見下すのやめてよね!机に上げて!じゃないとまた噛むわよ!」
「……わかった。ちょっと待ってくれ……よし、ヨイショっと」
食べ途中の皿たちを端に寄せ、ペンギンの脇を持ち机に上げる。
人力でエレベーターのように上に上がるペンギンは、納得がいかないような嫌そうな顔をしたままだった。
「さて、これでようやく対等の立場ね!まあ、私の方があなたよりは100、いや1000倍強いんでもちろん私の方が上ですが」
まるで皇女様のように振る舞うペンギン。
それに対し宗谷は、『呼び方……このままだとペンギンに失礼だもんな』と、まだ名前について考えていた。
「というか、あなたどうして怯えないのかしら?さっきまであんなに呼吸荒くて私のこと怖がってたのに!」
「怖がってた?ああ、いや人語を喋るペンギンは見たことなくて」
「ふふっ、強がりはいいです。それはいいとして……なんで噛んだのに眷属にならないのかしら!?しっかりパスは繋がってるのに!」
「……眷属?パス?」
宗谷はペンギンが何を言っているのかがわからない。
「それになん!で!ペンギンなのかしら!?美しい私を見たくないの!?」
「それは知らない……本当だ。そんな目をされてもわからないのはわからない」
宗谷はペンギンの釣り上がった目を見据えながら答える。
返答か、あるいはその態度にペンギンは怒ったのか、さらに目を釣り上げて威嚇の姿勢をとってきた。
「私を混沌の魔法人形と知っての愚弄!?よっわよわの錬金術師のくせに!さっきから錬金術の一つも使わないなんて!間抜けなのかしら!?」
「……さっきの手紙にもあったが、錬金術師というのはなんだ?
「へ?」
時が止まったかのような沈黙。
目の前のペンギンはまるで口に何か詰め込まれたかのように黙ってこちらを見ている。
対して宗谷は、そんな彼女の目を見つめている。
沈黙を破ったのは……。
「も、もしかして錬金術師じゃない?いやそんなこと絶対ないはずですよね!?だってこの箱はちゃんと差出人にしか開けられないってケイオスが言ってたわよ!?」
口調が一部変わるほど縋るような、あるいは抗議するようなペンギンの囀り。
しかし、淡い希望は打ち砕かれる。
「ああ、差出人なら俺の姉だったよ。間違えて開けてしまったんだ」
「……はぁーーー!?」
今日一番の声量。
しかし、それを気にも止めずに宗谷は質問を続ける。
「それより、錬金術はどのようなものなんだ?手紙に書いてある通りになら姉がやっているみたいだが、一緒に暮らしていた時には見たことはなかった」
「……(絶句)」
「……?ペンギン、大丈夫か?」
心配するような宗谷の声に急に顔をあげたかと思えば、こちらに右の羽を向けてきた。
人間でいう指差しのような状態である。
攻撃されるかもしれない……が、別に宗谷はどうでもよくなっていた。
さっきは得体のしれない、16年生きてきた中であったことがない現象だったから驚いただけである。
“今ならば”十分対処は可能だ。
「ペンギン言うな!私は混沌の魔法人形:ミクスセラム。神話を再現したホムンクルス。ペンギンの姿で召喚されたのはなんかのバグよ!」
……どうやら取り越し苦労だったようだが。
「第二回マジッQ!今回はーー!!物語の進展がなくて説明することない!だってペンギンはペンギンだし。最後にミクスセラムって名前が出てきたくらい?」
「まあこういう回があってもいいよね!ってことで次回もお楽しみに!」




