性癖
───弟子をとる事になった。
言いたい気持ちはよく分かる。
何故、このような事になったのか私も理解が追いついていない。記憶を遡り、何が起きたか噛み砕けば分かるかも知らない。
まず最初に、私は30年ぶりに洞窟を出て師匠の持つ町へと帰還した。
性別が変わっていた私に驚きつつも再会を喜び、私を抱きしめてくれた師匠から人の温かさを感じていたな。
最後に会った時よりも老けてシワだらけになった師匠の手に時の経過を感じつつ、その手を取って感謝を伝えた。師匠の応援があったら私は魔法を極める事が出来たのだと。
師匠は感動したように頷いて、私の手を強く握り返してくれた。
そこまでは良かった。そこまでは良かったんだ。
問題はその後に、師匠が私に突き出してきた書類だ。
何の書類かわからないまま確認すると、王都の一等地に別荘が二つは買えるだろうという金額が大きく書かれていた。
どこからどう見ても請求書だった。見間違えかと思って二度、三度と確認したが請求書である事実は変わらない。
「えっと、師匠⋯⋯これは?」
請求書を何故私に手渡したのか、理由が分からず師匠に問いかけると、黒い笑みを浮かべた師匠は私にこういった。
「これは貴女が今まで魔法の研究で使った材料や書物の料金を、わたしが立て替えたものです。意味は分かりますねフラウ?」
「はい⋯⋯」
魔法の研究には必要な物が多数ある。書物であったり、魔物の素材であったり、魔法の補助を行う魔道具であったり。
どれもこれも洞窟の中で引き篭っていると入手出来ないものばかりだ。
私は魔法を極める為に雑音の多い町を抜け出して洞窟へと引き篭ったのだ。研究に必要な物を揃える為に町に帰る? 時間の無駄ではないか!
そこで頼ったのが我らが師匠である。使い魔を使って師匠に連絡を取り、魔法の研究にこれだけの物資が必要だから買って送って欲しいと手紙を送ると直ぐに送られてきた。
その時は師匠も私の事を応援してくれているのだと、勝手に思ったものだ。
立て替えていた、だけなんですね?
「えーと、あの⋯⋯すみません」
「なんですか、ハッキリと言ったらどうです?払えませんと」
「はい。すみません。払えません」
非常に恥ずかしい話をしよう。現在の私は無職である。
洞窟に引き篭る前は魔術学院で教師として働いていたので、それなりに収入はあった。が、教師として働いていると魔法の研究をする時間がないことに気付いた私は退職を決意。
腰にしがみついてまで引き止めようとしてきた学長を振り払い、晴れてフリーとなった私は師匠に相談した後洞窟へと籠った訳だ。
当然ではあるが、洞窟に潜っている間ひたすら魔法の研究をしていたので仕事はしていない!つまり収入がないわけだ。
一応、教師時代のお金はいくらか蓄えているが⋯⋯この請求書に書かれた金額はとてもではないが払えない。
恐る恐る師匠の顔を見ると、深いため息を吐かれた。
「まぁ、初めから期待はしていませんでしたよ。ただ、本当に魔法の研究しかしてこなかったのですね」
「はい」
「全く仕事をしなかったと?」
「はい」
「呆れて言葉が出ませんね。熱に動かされるのは構いませんが、最低限の準備はしてから行きなさい」
───正論過ぎて返す言葉がない。
全く!と再び深いため息をつく師匠の様子に体がビクッと反応してしまう。
師匠とは長い付き合いだからこそ、分かるのだ。師匠は呆れてはいるが、怒っていない。それが逆に怖くして仕方ない。
むしろ怒っていた方が安心するまである。
「もう一度聞きますよ。この金額払えますか?」
「いえ、⋯⋯払えないです」
「はい、よろしい。さて、わたしも鬼ではありませんので、無理に払えとは言いませんよ。ただ、代わりにわたしのお願いを聞いてくれますね?」
「はい。なんでも聞きます」
お願いとは言ってはいたが、有無を言わせぬ 雰囲気ではあった。いや、お金を払えない私が全て悪いんですけど⋯⋯。
「それで、お願いとは?」
「無理難題を押し付ける訳ではないので安心しなさい」
全くもって安心出来ない。10代の時にこの師匠にどれだけ無理難題を押し付けられたか。記憶が蘇った事で、今回のお願いも面倒事に違いないと疑っている。
「貴女に弟子をとって欲しいのです」
「弟子⋯⋯ですか?」
「ええ。わたしの学生時代の旧友に魔法使い見習いのお孫さんがいるのですよ。かつての貴女と同じように魔法を極めたいと強く願う若者がね」
師匠には私以外にも弟子がいる。
それなのにも関わらず私にお願いをしてきた。そのお孫さんに私と同じ道を歩ませたい?
師匠が首を振った。違うという事は⋯⋯現実を教えろという事ですね。
ニッコリと黒い笑みを浮かべる師匠に何も言えなくなる。
「分かりました。お受けします」
「はい。フラウならちゃんと導けると信じていますよ」
最後の最後で釘を刺されたが、要はそのお孫さんに現実を見せたらいい訳だ。魔法を極めるという事がどれだけ大変かを。
甘い気持ちで踏み込める領域ではないことを、他でもない私が教える。これに関しては私以外に適任にはいないだろう。
───それから数日後、師匠が手配して馬車に揺られ王都に着いた私はその少年と出会い、
「よろしくお願いします。お師匠さま!」
少年が浮かべる眩し過ぎる笑顔を見てこう思った。
曇らせたらいい顔をするだろうな、この子⋯⋯。